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    どれだけ女性に好かれていても靡かない獅子神さんの話(ししさめ)

    ししさめ(2023/05/06 17:00更新) 獅子神敬一は女性から非常に人気がある。
     俗に言う、モテるというものだ。
     端正な顔立ちも身長も頭の良さも資産も、世の男が手に入れたいと思うもの全てを兼ね備えた獅子神を、女性が放っておくはずがない。
     いや、実のところここまで完璧な男に堂々と近付ける女は少ないのだが、中には獅子神の隣に並ぼうとする華やかで自信に満ち溢れた者もいた。そんな人間は見目の良い男を恋人とすることをステータスと捉えているのだ、と獅子神が気付かぬはずがない。しかしそれでも、獅子神は決して女に恥をかかせるような断り方はしなかった。食い下がる相手に自分を卑下することもなく、実に上手く躱してきた。派手な見た目のために、さぞ女性を泣かせてきたのだろう、と男達からは妬みを込めて揶揄されたことは多々あれど、その度に獅子神はあの気が強そうに映る眉を困ったように僅かに下げて、そんなことは、と笑ってみせたのだ。それを見て、からかった人々は品のない言葉を獅子神に向けたことをかえって恥じ入ったものだった。
     そんな獅子神のそばには今、村雨礼二という男がいる。恋人として。
     村雨は獅子神と並ぶことをステータスと捉えるどころか、本業は医者でギャンブルに恐ろしいほどに強く、欲しいものは人に求めずに自分で手に入れられるだけの財力を持ち、見た目とて獅子神のような華やかさは確かに欠けるかもしれないが整った顔をしている。冷たそうに見えてその実ユーモアも持ち合わせており、その気になれば女性を引きつけることなど容易だろう。しかしながら本人にその気は全くなく、どうやら女性行員からの受けはよろしくないらしい。確かに親しくならなければ誤解されがちな男だろう、と深い関係にある獅子神は思う。
    「……獅子神、何を考えている?」
     ちょうど二人の休日が合い、村雨が獅子神の家に来ている日曜日の夜のことだ。キッチンに立ち肉を焼いていた獅子神の思考が料理から離れつつあることに気付いた村雨が、静かな声で呼ぶ。もちろん横で村雨が何をしているのかといえば、ただ見守っているだけだ。獅子神は、私に料理は不向きだ、という堂々とした宣言を無視して恋人に調理器具を握らせるような性格ではない。そうかよ仕方ねえな、と言いながら腕を振るうタイプだ。
     それにしても、何を考えている、などと。その問いかけは実質誘導でしかないのに、村雨はあくまで質問のていをとるのだから獅子神としてはお手上げだ。村雨の前で何かを隠すということを、未だに実行出来た試しがない。
    「分かってんだろ? お前のことだよ」
     気取りもせず、今日の天気の話をするかのような調子でこんなことを言えるのは獅子神の長所だろう。ここでもし格好をつけて今の台詞を発すれば、村雨は呆れたに違いない。
    「そうか、私のことか」
     ふ、と獅子神の答えに満足気に口元を緩める村雨。独占欲も何もないというような顔をして、もっとも実際にその手の感情を村雨はさして持っていないが、それでも獅子神が自分のことを考えているということに悪い気はしないらしい。
    「お前といると楽だな、と思ってさ」
    「親しき仲にも礼儀あり、という言葉があることは知っているか?」
    「そういう意味じゃねえよ! 何つーか、オレが素でいてもオメーは許すだろ」
    「……素、とは」
     と、そう口にしてから村雨は気付く。そうだ、獅子神は演じ続けてきたのだと。幼少期に愛されなかった経験から傷付くことを恐れて人を愛さなかったし、下に見られまいとして王になるべく横暴な言動をした。まあ本人の思う横暴な振る舞いであっただけで、本当のところはそうでもなかったようだが。何せ奴隷として扱っていたはずの人間から使用人として残りたいと言われるほどだ。根底に眠る優しさを含んだ臆病さは、獅子神を非情な男にはしなかった。
    「こうあるべきだ、とかさ。そういうこと言わねえから」
     完璧な人などいないと頭では分かっていても、人間は好意を持った相手に夢を抱くものだ。それが過剰になれば最早押し付けると言ってもいいだろう。きっと獅子神は数多くの夢を押し付けられてきた。お金があるのだから豪華な食事を奢ってくれるはずだ、常に格好良い王子様のような姿しか見せないはずだ。それらが一体どれほど獅子神を憂鬱な気持ちにさせたか、想像に難くない。
     真実、獅子神は奢ることも厭わなかったが村雨に手料理を振る舞ってそれを食べる姿を眺めるのが好きであり、確かに美形だが寝顔は気が抜けていて幼く、王子様とは言えない可愛らしいものだ。恋人に美しいだけのアクセサリーの価値を求める未熟な人々には物足りなかっただろう。
     その点、村雨は違った。
     人に行き過ぎた期待などせず、けれど世の中に絶望せずにいたいという意思を捨てずに行動してきた。体を開いては醜い人間性を嘆いたが、だからといってこの世の全てを憎んだりなどはしなかった。理解出来ない思考の持ち主には首を傾げたけれど、それだけだった。受け止めて、受け入れるかどうかを判断する。自分が正しいということを知っている、そう何の迷いもなく言い切る村雨の強さが獅子神は好きで、憧れているのである。
     獅子神にはそんな村雨が、時折大変に眩しく見えた。そんな村雨に劣等感を覚えずにいられたことに、獅子神自身も驚いていた。こんなにもまっすぐに生きている存在に、何故自分は下を向きたくならないのか。自らを恥じて、きっと自分が悪いのだとどうしようもない悲しみを押し殺しながら過ごしていたのに。そうして考えている内に、獅子神に向き合う際の村雨の距離の取り方が心地良いのだと気付き、村雨への尊敬は恋情をはらんでいることにも気付いてしまい、それを本人にも見抜かれてしどろもどろになりながらどれほど好きか事細かに説明させられて今に至っている。
    「あなたはその人目を引く見た目で判断されて大変だったこともあっただろう。そんな人々に言われた馬鹿げた言葉など、気にすることはない」
     一拍遅れて、じゅう、と間の抜けた音が二人の間に落ちる。
     気恥ずかしさをごまかす言葉を探した獅子神が、結局見つけられずに肉を裏返したためだ。双眸を細める村雨は何も言わない。
    「ありがとよ。けどまあ、モテる男は困るよなあ」
    「私に出会えて良かったな、あなたは」
    「お、おう?」
     しんみりとした雰囲気になることを避けようとして冗談めかした獅子神に、村雨が言う。相変わらず噛み合っていないように思う返答に、獅子神はきょとんとした。
    「何故語尾を上げた?」
    「……え、今の質問はおかしくねえか?」
    「私に出会えて良かっただろう」
    「それはそうだけど」
     言い直したあと、また獅子神は真意を掴みかねてくるくると表情を変える。獅子神が村雨に振り回されているのはいつものことだ。
    「ならば何がおかしい」
    「お前のその自信だよ」
    「あなたにこれほど愛されているというのに自信が無い方がおかしいと思うが」
     言ってやったぞ、とばかりに言い切った獅子神に、今度は村雨が少々不思議そうな顔をする。自信家というよりももっと無邪気なそれに、獅子神はすっかり毒気を抜かれた。
    「……そっか。そうだな」
    「ところで肉は焼けたのか?」
     これは当然、私の好みの火の通り具合だろうか、という意味だ。
    「もちろん。村雨先生お気に入りの焼き加減だぜ」
    「あなたのその器用さには感心する」
     ありがとう、と村雨が続ける。獅子神は笑った。実に穏やかな日常だ。
     かつて獅子神と並ぼうとした女性が今のこの光景を見たら何と言うのだろう。屈辱だ、私のような女を振って平凡な、実際はギャンブラーとしても生きているためとてもそうとは言えないのだけれど、とにかくそう見えるような生活を男と送るなんてと気分を害するのだろうか。たとえどう言われようとも獅子神が選んだのは、言い回しこそ捻くれている時もあるが物怖じしない、分かりにくくも確かな優しさを持った村雨礼二というただ一人の男だ。
     焼いた肉を皿にのせて野菜を添えてから、獅子神は少しだけ低い位置にある頭をくしゃくしゃと撫でた。この先またどれだけ多くの人から好意を寄せられても、獅子神が首を縦に振ることは決してない。髪が乱れたことにも構わず上機嫌な村雨を見て、獅子神は改めてそう感じたのだった。
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