吹き飛ばされる体。
痛みと共に一回転する世界。
「っ!」
ぶれで揺らいで乱れた平衡感覚を気合いで引き戻して無様な着地を回避する。
瓦礫や肉片が散乱して安定しない足場に立ち、つんざくような鳴き声を上げる敵を見据えた。
元は人間だったはずのそれはぼんやりと人型がうかがえるだけで、うぞうぞ蠢く様は人とは程遠いところにある。
哀れだ。
哀れで、可哀想で——慈悲を与えてはいけない相手だ。
ヤニと一緒に吐き出したため息は、きっと届いてはいない。
「俺は……英雄にないたいわけじゃないんだが」
呟いて、腕を構える。
先ほどまでの攻防から相手の方が早さで優ることは把握済み。
こちらから出て行って、接近中に襲われたら面倒この上ない。
パワーも申し分なく、まともな意識さえあればどこかで雇われて立派な暮らしができただろう。まともな意識さえ無いから、こうして化物に成り下がってしまったんだろうが。
さて、さてはて。
速さとパワーで優れた相手に、一体どう対処しようか。
答えは簡単。相手から来てもらえばいいのだ。
鬨の声じみた大声を上げて向かって来た敵を受け止め、鳩尾目掛けて蹴り上げる。
「でやっ!」
人間の固い骨で守られない急所の一つ。
内臓破壊上等で腹を圧迫された敵は苦しみながら後ろによろめく隙を追撃する。
大きく開いた脇を腕で打ち込み呼吸を飛ばす。
人体でも特に広い太ももは一撃で広範囲に痛みを与えられる。
足先を一回潰してしまえばまともに動くこともできない。
教本通りの戦い方と笑われるだろうか。こんな腕で、一般的なお手本なんてなぞれないけれど。
スピード特化だった敵も機動力を奪ってしまえばただの肉塊。
ぐらついて反応が鈍い敵を見降ろして、絶望と解放に濡れる瞳に終わりを与えた。
「……」
重いヤニで肺を染めて、溜まる砂利と共に吐き捨てる。
せめてあの世では俺への憧憬を捨ててくれと、心から願った。