涼しい風がスカートの裾に遊んで過ぎる。
はら、と乱れた髪をショーウィンドウとにらめっこで直して、ついでに不安げな自分の顔に無理やり笑顔を貼り付けた。
今日はロージャとデート。
今をときめくモデルの彼はどうしても外せない用事が入ったらしく、メッセージアプリで遅れる旨を伝えて来たのがおよそ一時間前。
早めに伝えてくれたおかげで待ちぼうけこそ回避したものの、慣れないスカートに春のカーディガンも浮いていないかずっと不安が拭えない。イシュメールが見立ててくれたから間違いは無いと思うが、こんなおばさんに挑戦しすぎではという内心の怯みが無くならないのだ。
義手が気になるなら、と選んでくれたロングカーディガンの裾が揺れる。
普段は仕事着含めてパンツスタイルだから、淡い色のスカートも柔らかいブラウスも慣れなくて落ち着かない。
『大丈夫ですよ。貴女に関しては何でも好きですから、彼』
服選びのお礼に奢ったラーメンをすすりながら言われた言葉を思い出して苦笑い。
否定はできないが、果たして肯定していいものなのか、それは。
「グレッグ!」
ぐるぐる巡る意識に射し込むのは、とても馴染みのある声。
すぐに振り返り声の方を見ると、ロージャが息を切らして走って来るところだった。
「はぁ、はぁ、っ、ごめん! 待った?」
「ううん、早めに連絡くれたおかげでそんなに待ってない」
「そっか……でも、ごめんなさい。グレッグとの約束を優先したかったのに……」
「ロージャのせいじゃないんだろ? あんまり気負わないで、な?」
相当急いで来たらしい、春には早く垂れる大粒の汗をハンカチで拭ってやる。
相変わらず柔らかい亜麻色の髪が指に触れ、その感触を楽しむ前に手を取られた。
「今日のグレッグ、めちゃくちゃ可愛い。自分で選んだの?」
「え、あ、服のこと? イシュメールが選ぶの手伝ってくれたんだ」
「そっか……うん、良く似合ってて可愛い。世界一。今すぐ抱きしめてキスしたいくらい」
指先へキスを乗せるロージャ。
キザな仕草ひとつ取ってもかっこよくて、途端に熱くなる顔に当てた義手の冷たさが負けてしまう。
「その、ここ往来だし……二人きり、なら」
今日は一応夜景デートだから、人の目が途切れることもあるだろう。
指へのキスでさえ照れてしまって視線を合わせることができず、ばくばくと高鳴る心音をうるさく思いながら提案する。
果たしてロージャは、そっと耳元に唇を寄せて囁いた。
「ごめんね、今日は帰せそうにない」