もしかして:運命の人?/グルアオ「そういえばグルーシャさんは、初恋の人って覚えていますか?」
突然の質問に、飲んでいたコーヒーをこぼしそうになった。
「…なに急に」
責めるような目線を向けても、問いかけてきた本人は無邪気に笑っている。
「昨日、クラスメイトとその話になったんです。
なので、グルーシャさんも覚えているかなって」
覚えているも何も、今目の前にいるんだけれど…だなんてことは口が裂けても言えない。
そうだ。僕は三年前ジムの視察目的で訪れたアオイに対して、本来は未成年の子に向けちゃいけないような感情を抱えている。
普通に犯罪だし成人するまで、ゆっくりじわじわとぼくだけを見てもらえるよう、何かと理由をつけては会う約束を取り付けて彼女の休日をほぼ独占している。
今日も前にアオイが行きたいと言っていたカフェに行き、午後のひと時を過ごしていた。
ちょっとしたことでも途切れてしまいそうな関係性を、必死で繋ぎ止めようとしているぼくに対して、よくもまあそんなことを聞けるなと八つ当たりじみた言葉が心の中で浮かぶ。
「あんたこそどうなんだよ」
正直に答えるわけにもいかず、質問を質問で投げ返す。
十五歳という年齢から初恋は済ませてそうだけれど、彼女なら近所の男の子とかそんなレベルじゃないかとたかをくくっていた。
「えっと…覚えてますよ。はっきりじゃないですけれど、将来を約束した相手がいます」
ほんのりと顔を赤らめながら出てきたアオイの言葉に、コーヒーカップを落としそうになった。
「しょ、将来の相手?」
思ってもみなかった言葉に動揺が隠し切れずに、声が震える。
「はい。五歳くらいの時、故郷で年上のお兄ちゃんに野生のポケモンに襲われそうになったところを助けてもらったんです。
そこから毎日会うようになって、少しだけですけれど遊んでくれました。
ただ、二週間くらい経った後にパルデアに帰るって聞いて、泣きながら行かないでってそのお兄ちゃんを引き止めちゃったんですよ。
その時お兄ちゃんが言ってくれたんです。
大きくなってもぼくのことをまだ好きでいてくれたら、お嫁さんにしてあげるって」
あれ、また会おうだったかな…?と呟く彼女に対して、ぼくは内心そのお兄ちゃんとやらに憎しみにも似た怒りを向けていた。
何そのサムい台詞。五歳の子にいう言葉じゃないし、なんで勝手にアオイの心の中に留まり続けているの。
醜い嫉妬だなんて、百も承知。
まだ好きだとも伝えられていない状態だけれど、我慢ならなかった。
「その男の顔と名前は?」
「…名前は聞いてなくて、顔は十年も前なのでちょっと覚えてないです。
でも、会えばわかりますよ!将来を誓い合った仲なので!」
だなんて、脳内お花畑のような言葉は聞かなかったことにした。
そんな男 今後一切現れてほしくないし、早急にアオイの記憶から出て行ってほしい。
ふーんと、表向きは心底興味ないという返事をする。
が、内心 どうしているかもわからないようなそんな昔の男のことを想い続けるより、今目の前にいるぼくを見てほしいという気持ちが渦巻く。
顔は覚えていなくても、会えばその人だとわかる確証があるというのなら、この広いパルデアであろうと いつか再会してしまう可能性は低くない。
…これまで年下だからと控えていたけれど、そうなる前に本格的に動かないとマズイことなるかもしれないな。
絶対にアオイは渡さないーー
そう 会ったこともない恋敵に対してぼくは宣戦布告をした。
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ロトロトロト…
私のスマホロトムがメッセージを受信した。
送信主は、グルーシャさん。
食べ切れないほどの量のお菓子をもらったから、早めに会いにきてほしいとのことだった。
前々からよく誘ってくれていたけれど、私がいつか行ってみたいと話していたカフェでお茶をした日から、その頻度がさらに上がったような気がする。
ポケモンバトルだったり、買い物だったり、パルデア十景を見に行こうなど内容は様々。
せっかくのお誘いだしとなるべく行くようにしているけれど、最近グルーシャさんと会ってばかりだなー。
これまで雪山にこもってばっかりだったから、今は遊びたい気分なのかな。
学校の課外授業のシーズンも終わって、挑戦者が減り結構時間あるって言ってたし。
「わかりました。明日行きます…っと」
手短に返事をするとすぐに既読になった。
お土産でグルーシャさんが好きなコーヒーを買っていこうかな。
流石に手ぶらはねー。
スマホロトムを机の上におくと、毎晩の日課としているストレッチを始めた。
明日は美味しいものを食べるから、いつもよりより良いコンディションにしなくっちゃ。
体を伸ばしながら、頭の中では昔の記憶が駆け巡っていた。
グルーシャさんに私の初恋話をした後、なぜか何度も思い出してしまう。
十年くらい前、私の生まれ故郷に住んでいた頃。
お父さんとお母さんの目を盗んで郊外まで行き、そこで野生のポケモンに出会ってしまった。
そのポケモンはニューラで 鋭い爪で襲われそうになった時、チルットで助けてくれたお兄ちゃん。
今思えば相性が不利なのに、よく勝てたなって思う。
そんなバトルに強くてかっこいいお兄ちゃんに私は一目惚れしてしまい、お礼がしたいと伝えて、次の日も会えるよう約束をした。
翌々日も会いたい一心でそれはもう必死に付き纏った。
住んでいた場所では見たことない人だったから、雪山に滑りに来た観光客じゃないかと思う。
必死な私に対して鬱陶しそうな素振りも見せずに、お兄ちゃんは毎日会っては優しく接してくれた。
どんどん好きになっていって、私この人と結婚する!と家で言ってお父さんを泣かせたのを覚えてる。
だけどそんな日々は永遠には続かなくて、明日パルデアに帰ることをお兄ちゃんに告げられた。
ここに来ていたのは、スノーボードの練習のためだったから。
突然の別れに悲しくて、私はこれ以上ないほど泣き喚いてお兄ちゃんを困らせた。
『やだやだ。私お兄ちゃんといっしょにいくー!およめさんになるの!』
『んーじゃあ、大きくなってもぼくのことまだ好きでいてくれたら会いにきて。
その時お嫁さんにしてあげる』
にっこりと笑うお兄ちゃんの顔を見て、私は約束としてあるものをプレゼントした。
故郷の伝統工芸品である紐で覆われた髪ゴム。
両親にお兄ちゃんと結婚する宣言をした後、お母さんと一緒に買いに行ったのだ。
藍色でちょっと光沢があるもの。
お兄ちゃんの水色の髪に似合いそうだなーて思いながら、貯めていた自分のお小遣いで購入した。
あれを今でも身につけてくれていたなら、十年経っても私はあの人のことがすぐにでもわかる。
…大分望み薄だけれど。
それでもあの日のことは忘れられなくって、今でも心に残っている。
「うーん、明日も早いしもう寝よう!」
手持ちポケモン達におやすみを告げると、私は眠りについた。
こんなにたくさん思い出したから、あのお兄ちゃんと夢の中で会えたらいいなー。
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「わー、ムクロジの期間限定ケーキもあるじゃないですか!
これ今すごく人気で、朝から並ばないと買えないみたいですよ。
…本当に私が食べちゃっていいんですか?」
いろんなポケモンモチーフのケーキやクッキーが並ぶ様を見て、恐る恐る尋ねる。
「ジムのスタッフにも全員あげたけれど、それでもこれだけ余ったから。
ぼくだけじゃ食べ切れないし、遠慮せずに食べて」
何事もないように返される。
そのままグルーシャさんはジム内にある彼の控室に備え付けられているミニキッチンに向かったので、後を追いかけた。
「座ってなよ。飲み物とか準備するから」
「いえ、私も手伝わせてください。
今日グルーシャさんが好きなコーヒーを持ってきたので、一緒に飲みましょう!」
紙袋を見せながら言えば、柔らかく笑っておいでと手招きしてくれた。
ポットに水を入れてコンロに火をつけた時だった。
隣からぶちんと小さな音が聞こえたと思えば、グルーシャさんの長めの髪が解けていた。
「ん。ゴムが切れたみたい」
「私予備がありますし持ってきますね!」
自分の鞄を置いているところに行き、ポーチから黒の髪ゴムを取り出す。
渡そうと彼の元へ戻れば、真剣な顔で切れたところを結ぼうとしていた。
「…大切なものなんですか?」
「昔、小さなファンの子からもらったから。
結構綺麗だし、捨てるのももったいないなって…」
苦戦するグルーシャさんを見て、貸してみてくださいと渡してもらった。
その髪ゴムは普通に売られているものではなくて、藍色のキラキラと光る紐で覆われていて、どこかで見覚えがあった。
水色の髪、スノーボード、チルット、そしてこの髪ゴム。
…そんな、まさかね。
一瞬思い浮かんだことは横に置いておいて、ひとまずこの髪ゴムを直せないか頑張ってみた。
終わり