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    ポイ雨谷

    @uwamecha_ame

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    ポイ雨谷

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    親子(空+飯)が冬の夜にラーメン食べに行く話
    時系列はブウ編から数ヶ月~1年後くらいのつもりです。
    58の日おめでとうの気持ちで書きました。CPではないつもりですがメチャクチャに距離が近い。

    ##孫親子

    湯気 凍った湖面の、澄んだ青白い色を思わせる冬の空気が、夜闇にいっぱい満ちていた。冷たくて重い空気は風になって、積み重なっていた落ち葉をかさかさ揺らして、ボクの頬をひんやり撫でていく。
     西の都でいちばん大きな図書館は、部屋の隅っこまで暖房の熱が届いていたので、閉館間際に外へ出たボクは全身で冬を味わっていた。
     これだけ空気が冷たいと、つい空へ向けて、ほうと白い息を吐いてしまう。上っていくのを眺めていたら、慣れ親しんだ気を近くに感じて、ボクは地面を蹴って駆け出していた。
    「おとうさん! どうしてこんなところにいるんです?」
     門を飛び出し、右を向く。規則正しく積み重ねられた赤い煉瓦の塀を背に、おとうさんが立っていた。なんと、ボクが来るのを待っていたみたいで、「こんな時間までご苦労さん」とひらひら手を振ってくる。
    「うちに帰る前に、ちょっと寄り道しようぜ」
    「ボクは構いませんけど……」
     どこに行くのか尋ねるどころか、考える前にすでに、ボクは了承していた。断る理由は見当たらなかったし、おとうさんの口から出た『寄り道』いう言葉は魅力的な響きを放っていたので、ボクに後悔はなかった。むしろ、わくわくで胸が弾んでくる。
    「そんじゃあ行こうぜ」
     ジャケットの両ポケットに手を突っ込んだおとうさんに頷いて、おとうさんの進む方向にボクも付いていく。
     人気のないところで飛び立つつもりだろうか。それとも、歩いて行ける距離なのかな?
     並んで歩くお父さんの横顔を覗きこもうとしたら、深い夜より黒い瞳と、ぱっちり目があった。ボクは照れくさくなって、ぱっと俯いてしまう。
     お父さんが帰って来てからもうずいぶん経つというのに、ボクの心の一部分は未だ夢心地でいて、今もふわふわ浮かんでいた。視界に映った靴先が、同じ方向を向いて、進んでいることが嬉しい。おとうさんの息がボクと同じで白くなっているのだって。日々のさまざまがすべて、幸せのひかりをありったけ放っている感じがする。
     どこに行くんだろうと、ボクはきょろきょろ辺りを見回す。通路のすみ、街灯のあったかい光の真下に、ほかほかの湯気を空へ送る屋台を見つけて、ボクのお腹はぐうと鳴った。
     とっさにお腹を押さえたボクにおとうさんはやさしく笑って、「あそこにしようぜ」と言って、赤いのれんに白で書かれた『ラーメン』の四文字を指差す。
    「えっ、でも、夕飯が」
    「ラーメン一杯ぐらい、余裕だろ?」
    「それはそうですけど」
    「――へいらっしゃい! お二人かい?」
     まごまごしていたボクと、それを待っていてくれたおとうさんに向けて、暖簾の向こうから気さくな声がかけられた。おとうさんはそれに快活な返事をして、暖簾をかき分け席に着いてしまう。
    「ほれ、悟飯も」
    「は、はい!」
     折りたたみの椅子は、小さな座面に小さな背もたれがついたこぢんまりとしたもので、当たり前だけどおとうさんは椅子からはみ出ていて、それがなんだかおかしかった。ボクも隣に腰掛けて、一緒にはみ出る。
     頭にねじり鉢巻きを巻いた、大将という響きがぴったりな店員さんが、編みかごを差し出してくれる。ボクはお礼を言いながら受け取って、ショルダーバッグを入れると足下に置いた。参考書の詰まったそれは、北風が吹いても飛んでいきそうにない。おとうさんの荷物は聞くまでもなく尻ポケットからはみ出た財布だけで、それさえも珍しかったけれど、もしかしたらそれは、今この瞬間のためなのかもしれないとボクは思った。口元がゆるんだまま顔を上げて、引き締める前に「何にする?」とおとうさんに聞かれて、ボクは「ええっと、」と戸惑う。
    「オススメは特製ラーメンだ!」
    「おっ、じゃあそれにすっか。おめえもそれでいいか?」
    「はい!」
    「あいよっ! 少々お待ちを!」
     ほんの数分で出てきたラーメンからは、鶏やニンニクの濃厚な香りをたっぷり含んだ白い湯気が、もわもわ立ち上っていた。真ん中には白ネギがこんもり、チャーシューは楕円形で肉厚なのが二枚、味玉は半分に切られたのが一個分乗っていて、黄身は濃密な満月のようにとろけている。
     器を持ったおとうさんが、ごくんと一口、大胆にスープを呑んだのを、ボクも真似する。口いっぱいにおいしいが満ちて、最初の一口目なのに、ボクは唇から満足げな息を零した。
     乳白色のスープはコクがあって、スープだけで白米が何杯も食べられそうだ。すっきりしていて、口当たりが良いところも気に入った。麺は少し固めの細麺で、こちらもスープと同じく、するする~っと喉を通っていく。白ネギはしゃきしゃきしていて、食べること自体が気持ちいいラーメンだった。「お、おいしい……!」とうとう気持ちが息と一緒に出てしまって、おとうさんも、店員さんまでもが朗らかに笑う。
    「ほら悟飯、これも食え」
    「っえ、ええっ! そんな、もらえませんよ!」
     驚くべきことに、おとうさんの箸がボクの器に運ぼうとしていたのは、おとうさんの分のチャーシューだった。ボクは慌てて器を遠ざけようとしたけれど、おとうさんの動きの方が早く、チャーシューはボクの分のスープへ、ぽちゃんとダイブする。
    「オラ、よくわかんねーけどよ。こいつ、ジュケンってのの為に、いつも遅くまで頑張ってんだ」
     おとうさんはボクを親指で差して、店員さんに向かって言った。ボクの勘違いかもしれないけれど、おとうさんはどことなく誇らしげな顔をしていて、ボクはラーメンを夢中ですすっていたときよりもずっと、顔が熱くなる。
    「おっ、そいつは関心だな。そんじゃあ……俺からもサービスだ!」
     しゃべり方も笑顔も豪快な店員さんは、つるんとした味玉を器用に箸でつまんで、まるまる一個をボクにくれた。
    「い、いいんですか……?」
    「おう! 遠慮すんな、坊主」
    「良かったなあ悟飯」
    「ありがとうございます!」
     ボクのラーメンはチャーシューが三枚、味玉が二つの、贅沢の極みみたいなラーメンになって、ボクはこれが夢か現実か確かめるべく、自分の器をじいっと眺めて観察した。群島みたいに大きな具材がたくさん浮かんでいるのが、うれしい。スープの表面に浮かぶ油の玉は、シャボン玉みたいにつやつや光っていた。先日悟天がこれを箸でくっつけて、大きな玉を作る遊びをしていて、母さんに叱られていたのを思い出す。ボクもやってみたくなって、箸でつい、と玉を押した。ぷつんと境目がくっついてなくなる。
    「早く食わねえと冷めちまうぞ」
     なるほどこれは楽しいかもしれないぞと思っていたら、あのときのおかあさんと同じことをおとうさんに言われて、ボクははっとした後に、ふふっと声に出して笑ってしまった。
    「す、すみません、すぐ食べます」
     変な顔をしたおとうさんの分のラーメンは、あと三分の一だということに気がついて、慌てて麺をすする。

    「はー、おいしかった!」
     ボクもおとうさんもまだまだ、それこそ大きなスープ鍋が空っぽになるまで食べられるけど、家ではとても嬉しいことに、おかあさんの作ってくれた夕飯が待っている。
    「かあちゃんには内緒な」
    「分かってますって」
     夕飯前の外食が後ろめたかったのか、それともただ単に、おかあさんに叱られたくなかったのか、唇を人差し指で押さえるおとうさんに、ボクはもちろん頷いた。おとうさんとたまに結ぶ秘密の約束は、特別な感じがしてどきどきする。
     だけどおかあさんはいろんな意味で鋭いから、バレてしまうんじゃないだろうか。ボクは自分の袖を鼻に当てて、くんくん匂いを嗅いだ。う~ん、バレそう。
     ボクは夜の透き通った風を浴びながら、バレてしまったときは、おとうさんがボクを労ってくれたって正直に言おう、と思った。まるで肯定してくれているみたいに、ヒノキがさわさわ葉を揺らしている。
     今日は朝から夜までずっと晴れていて、雲は少なく、しゃなりと浮かんだ三日月がとても綺麗だった。研ぎ澄まされた先端が、冬空によく似合っている。
     ふたり、連れ添って、星明かりだけがにぎやかな夜空を飛んでいた。まだお腹は満たされていないのに、ボクはどうにも帰るのが惜しくて、ずっとこの時間が続けば良いのに、なんて夢見がちなことを思ってしまう。鞄の紐をぎゅっと両手で握る。
    「おとうさん、あの」
     おとうさんはくるりと振り返ってボクを見た。
    「……ボク、今日のこと。おとうさんと一緒に食べたラーメンの味、ずっと忘れないと思います」
     途切れ途切れだったけれど、ボクは最後まで言いきった。おとうさんに伝えたい気持ちを、今、伝えたいときに伝えることができた。ボクの体の内側で、いろんな気持ちがない交ぜになって湧き上がって、自分の瞳が潤っているのを感じる。
     おとうさんはボクをじっと見つめてから、迎えに来てくれたときと同じ、ふっと軽い、それでいてあったかい笑みを浮かべて、
    「別に忘れてもいいさ」
    と言った。
    「……ええ?」
     ボクは拍子抜けして、肩からがくんと力が抜けた。空中にぼんやり浮かんでいると、おとうさんの頼もしい手のひらがボクに伸びてきて、頭をわしわしかき回される。
    「忘れても、また食いにくりゃいいじゃねえか。今日は我慢したけどさ、次はギョーザに、チャーハンも食いてえな」
     おとうさんが撫でてくれている間、ボクは下を向いていて、ぼやけて見えなくなった地上に、しずくをこぼさないよう、必死になって唇を噛みしめていた。「はい、」どうにかこうにか、声を絞り出して、返事をする。
    「そのときは、ぜひ。お供させてください」
     返事はおとうさんの喉からではなく、ちょうどボクの顔の前にあったお腹から帰ってきた。
    「今のはオラだな」
    「……っふふ、もうお腹すいたんですかあ?」
     ボクは目元に溜まった涙を拭いながら、おとうさんに笑いかける。
    「だってよお。食い物の話してたし、まだオラ食い足りねえし」
    「早く帰らないといけませんね。あんまり遅いとおかあさんも心配しますから」
     チャーシュー一枚の代償は、案外大きいのかもしれない。頬をかいたおとうさんを見つめながらボクは思った。いつか、今度はボクがおとうさんにごちそうして、分け与えてもらった分を少しでも返せたらいいなと思う。
     火照った頬を冷やす、冬の夜が気持ちいい。おとうさんとボクの笑い声が、白い水蒸気になって空へ上り、やわらかく消えていくのを、ボクは何度も眺めていた。
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