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    zu_kax

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    ぜ~~~~んぶ、えふえぬえす歌謡祭がわるい

     コンコン、とノックをしてから「那由多、少しいいか」と告げれば、扉の向こうからは「入れ」と返ってきた。中に入れば那由多は作業中だったようで、いつも通りデスクチェアに座り机に向かっている。机の上に置かれたコーヒーはすでに空になっていたから、話が終わったらおかわりを持ってきてやろうと思った。
     ワイヤレスイヤホンを外した那由多は、机の上にそれを置き、置きっぱなしになっていた音楽プレイヤーを取ってポケットに入れる。少し前から、那由多はこういう動きをすることが多い。
    那由多が普段何を聴いているか興味はあるが、それを暴くようなことはしないのに、賢汰にそれを見せたくない理由があるらしかった。
    「なんだ」
     問われて、はたと思考を止める。今は那由多が聴いている音楽よりも、話のほうが重要だ。これもまた頭の痛い話なので、どう切り出そうか迷ってしまう。
    「年末の音楽特番の出演依頼が来ていてな。スケジュールは合うんだが……那由多の意見を聞いておきたくて」
    「ア? 前みたいなやつだろ。別に構わねえ」
     歯切れの悪い言葉を紡げば、那由多は不思議そうに首を傾げた。先日の特番とは別の局で企画された音楽番組で、これまた「今年のベストアーティストを集めて歌いましょう」というやつだ。
    「今回の局の特番は、夢のコラボレーションというのが目玉になっているんだ。一夜限りの特別企画を売りにしている」
     先日収録が行われたものとは少し毛色が異なり、今年の流行歌よりもその特番でしか見られない豪華コラボレーションに重きを置いているらしい。
    年末の音楽特番はどの局も企画するものだし、出演するアーティストも似たり寄ったりだから、どこかで差異を示して付加価値をつけなければ視聴者に飽きられてしまう。視聴者にとって、局が違うとかそういうのは関係なく「前も同じような番組無かったっけ?」と思われたら終わり、というわけだ。だからこそ、他とは違う創意工夫を講じなければいけない。
    「それがなんか関係あんのか?」
    「この局は『月光にゆれる』の製作に関わっていた会社だ」
     まだピンと来ていなさそうな那由多に、賢汰は溜息まじりに告げた。邦画の多くは、製作委員会方式で作られており、配給会社や広告代理店、テレビ局などが共同出資することで作られている。
    今年の新春に封切られた「月光にゆれる」も同様で、放映前は主演の高坂みはるや笠井達臣がこの局のバラエティー番組に頻繁に出演し映画の宣伝をしていた。そのうち、放映権を得ているこの局が地上波初放送と銘打って映画を流すことも容易に想像ができる。
     放映終了から少し間が空いたとはいえ、「月ゆれ」現象の影響は大きく、年末のこの時期だとしてもテレビ局はその恩恵を受けたいのだろう。
    だから、那由多と高坂みはるのコラボレーション、、、、、、、、、、、、、、、、を打診してきた。
    「……共演NGだ、って言ってんだろ」
     ようやく賢汰の相談の意図を理解したのか、那由多はチッと舌を打って吐き捨てる。那由多の高坂嫌いはもはやアレルギーのようなものだ。もう熱愛報道の話など誰も気にしていなさそうなものだが、やはり嫌なものは嫌なのだろう。そもそも那由多が誰かと一緒に歌うところは、Argonavisの七星蓮やファントムイリスのFELIXとくらいしか見たことが無い。
     那由多は自分の歌に雑音が混じることをひどく嫌がる。聞くまでも無かったか、と賢汰は眼鏡を押し上げた。
    「余計な手間を取らせたな。すまなかった。事務所にはジャイロ単独での出演ならば喜んで受けると回答をしておくよ」
    「……そうしろ」
     溜息まじりの声に苦笑して賢汰は部屋を出ようと踵を返す。と、机の上に置いてあった那由多のスマホがブーッと振動音を鳴らした。パッと明るくなった画面に表示された文字を見て、ぐっと眉根を顰める表情が見えた。ブーッ、ブーッと鳴り続ける音を聞けば、電話がかかってきているらしい。
    「那由多、電話鳴ってるぞ」
     もう話は終わっているのだから、賢汰に気にせず電話に出てもいいものを、那由多は微動だにせずスマホに手を伸ばすことも無い。何か緊急の要件だったらどうするのか。
    「無視しろ」
     苛立ちを隠さずにそう言われたので、賢汰は不思議に思いながらも震え続けるスマホを見ていた。ぷつ、と音を立てなくなって振動を終えたスマホだったが、また数秒も立たないうちに電話がかかってくる。
    「なんなんだ……」
     イライラしながら後ろ頭を掻く那由多は、何度もかかってくる電話を無視しているようだった。応答する気は無いらしい。これだけ何度も電話をかけてくるということは、やはり重要な用事なのではないか。那由多が出るのが嫌なのならば、賢汰が出てやるべきだ。
    「那由多、スマホ借りるぞ」
    賢汰は那由多のスマホを取って応答ボタンを押す。突然スマホが取られたことに那由多は「おいっ」と珍しく慌てた様子だったが、その声が届いたときにはもう電話は繋がった後だった。
    「もしもし?」
     訝しげに尋ねれば、スマホの向こうからは見知った声が聞こえてくる。見知ったというよりも、テレビでよく聞く、のほうが正確かもしれない。
    「何っっっ回も電話してるのになんで出ないんですか旭さん!」
     スマホ越しに聞こえる怒った声に、賢汰は目を丸くしてつぶやいた。
    「……高坂みはる?」

    *****************************


    「そういえば、里塚さんのところに音楽特番の話って届いてますか?」
     仕事のことに思考を寄せたからか、思い出したように高坂は口を開いた。ちょうど彼女から電話が来る前に那由多と話していた件だ。
    「ああ。那由多とコラボするっていう」
    「受けてくれますよね? 旭さん!」
     尋ねられた那由多はものすごく嫌そうに眉を寄せた。高坂ではなく、賢汰のほうに顔を向ける。
    「絶対に嫌だ。断れ里塚」
    「ああ、帰ったら事務所に電話をするつもりだ」
     高坂から電話が来る前のやり取りで、この件はすでに結論が出ていた。那由多は彼女と歌う気はない。ここまで来てしまったから回答が後回しになっていたが、後できちんと事務所に連絡しておかなければ。
    「えー! 私がこんなにやる気になってるって言うのに! やり遂げろって言ったのは旭さんじゃないですか!」
     やる気満々の高坂は、那由多と一緒に歌うつもりでオファーを受けたらしい。歌いたいというよりも、嫌がらせ目的なのでは無いかと思う。
    「そういう意味じゃねえ」
     面倒くさそうにそっぽを向いて答える那由多に、高坂は続ける。
    「WITHOUT MEは旭さんに歌わせてあげますから」
    「は?」
     それが最大限の譲歩と言わんばかりの提案に、那由多は目を丸くしていた。意味がわからんという顔を見て、高坂はきょとんと首を傾げる。
    「あれ、聞いてなかったんですか? 私と二人でWITHOUT MEを歌ってくれっていうオファーだったので」
    「ああそうだ。『月光にゆれる』の主題歌だしな。主演と二人で歌えば話題になるだろう」
     那由多には伝えていなかったが、当初の話はそういう内容だった。主演女優が主題歌を歌うというだけでかなり話題にはなりそうだ。那由多は自分の曲が高坂にカバーされるのも嫌がりそうだが。高坂のことなのでカラオケで歌った音源を送りつけたりするくらいはもうしているかもしれない。
    「あの曲は旭さんだけのものですから、遠慮してあげます」
     にこにこと笑みを称える彼女は相変わらず那由多をからかう様子だ。WITHOUT MEはGYROAXIAの曲なので、那由多だけのものではないはずなのだが、賢汰はまあ那由多が作詞作曲を手掛けたものだし、ジャイロの曲はすべて那由多のものだからなと納得した。
    「出演も遠慮しろ」
     苛立ちを隠さずに鋭い視線を向ける那由多に、高坂はやれやれと肩を落とす。この手だけは使いたくなかったんですが……、という前置きをすると、ふふっと笑ってからぽつりと小さな声でつぶやいた。
    「……音楽プレイヤー」
    「」
     たった一言だけなのに、那由多が大きく目を見開いて明らかに動揺したのがわかった。
    「旭さんの音楽プレイヤー、再生数1位の曲名、バラしちゃってもいいんですよ」
     ケラケラと笑いながら薄いくちびるを開く高坂に、那由多は驚きで目を見開いたままだ。その提案は、那由多にとってはよほど衝撃的なことだったのだろう。
    「な、んで知ってる、てめえっ!」
     くわっと赤い目を剥いて吐き捨てる声は動揺でわずかに震えている。長いこと那由多と一緒にいるが、ここまで慌てた那由多はあまり見たことが無かった。
     那由多はよく音楽プレイヤーで音楽を聴いているが、賢汰はそのプレイヤーの中にどういったものが入っているか知らない。知られたら恥ずかしいものが入っているのだろうか。というかそもそも、高坂はなぜそんなことを知っているのだろう。
    「ふふふ、有能なオトモダチがいるって言ったでしょう?」
     那由多に問われた高坂は不敵に笑って指を二本立ててピースのポーズをした。どうやら勝利を確信したらしい。
    「? どういうことだ? 那由多」
     一番たくさん聴いている曲くらい、別に言ってしまっても構わないのではないか。そこまで慌てる必要があるのかと尋ねたが、那由多はすごい剣幕で賢汰を叱り飛ばした。
    「お前は黙ってろ!」
     怒られてしまった。黙っていろと言われたら大人しく黙っているしかない。口を噤む賢汰の様子を見て、高坂は愉悦を得たようにけたけたと笑っている。
    「高坂、お前……それ以上口開いたらぶっ飛ばす」
    「えーやだこわーい。じゃあ、受けてくれますよね?」
     有無を言わさぬ圧力をかけられて、那由多はぐっと息を飲み込んだ。目の前で脅迫が行われている。何を人質にされているかわからないので、賢汰には助けてやることもできなかった。黙っていろと言われたので大人しく口を閉ざしたままでいる。
    「………」
    「ね? 旭さん」
     にっこり、と効果音のつきそうな悪辣な笑みを浮かべる高坂に、那由多はチッと舌を打つことしかできなかったようだ。
    「お前……いつか泣かすからな」
     負け惜しみのような捨て台詞に、高坂はハッハッハと高らかに笑い勝利宣言をしたのだった。
    「……とりあえず、事務所には出演OKの連絡を入れておけばいいんだな?」
     確認のために那由多に尋ねたが、返事をするのも嫌なのか、那由多が口を開くことはなかった。
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