あと一秒、待てばよかったかな?灰色の分厚い雲が空を覆い、太陽の光が遮られた戦場は重々しい空気が流れている。
黒く光る鋼鉄を纏った帝国の遺物が、制御を失いただただ破壊行為を続けていた。
機械音と無機質なモーター音に混ざり、まるで会話でもしているかのようなノイズの走った音があちらこちらから聞こえてくる。
そんな戦場でひときわ大きな魔導兵器を前に斧を振り回す存在がいた。
「ぐっ!」
自分の何倍もある巨体から鉄の塊が振り下ろされる。それを斧ひとつで受ける戦士ルディスは一歩も引くことなくその場にとどまり続ける。武器同士が激しく接触したことで火花が散り、魔導兵器はさらに押し込むようにぐぐっと前かがみの体制になった。
「な、めんなァ!!!」
一体その小さな体のどこにそんな力があるのか、全身を使ってルディスが押し返した途端、魔導兵器がバランスを崩し、その胸にあるコアが露になる。
――次の瞬間、空から星が落ちた。
いや、それは雷星ではない、星と見まがうような閃光とともに空から降ってきたのは淡く光る槍を持った竜騎士トクサだった。
空に晒されたコアを正確に貫く一撃、熟練の竜騎士の技を受けた魔導兵器は鈍い音を立てて動きを止める。
とん、と軽い音で地面に着地したトクサにルディスがにやりと笑い拳を突き出した。
「やるな、トクサ」
「! ふふ、ルディスこそ」
ゆらゆらと揺れるトクサのしっぽが彼の感情を表していた。
――ピピ
二人の拳が触れ合う直前、停止したはずの魔導兵器からそんな微かな音を聞き取ったルディスは反射的にトクサの腕を掴み、自分の体の影に隠すように動く。
驚くトクサの声をかき消すように、二人の側で魔導兵器が爆発した。
ドォン!
空気を揺らし、広範囲に衝撃を与えた最後の足掻き。やがて舞い上がった砂埃が落ち着いた時、そこにはルディスとトクサの姿があった。
「ルディス!大丈夫!?」
とっさに自分をかばってくれたルディスにトクサが声をかける。
ルディスは爆発をまともに喰らったが、流石戦士というべきか、ダメージは受けたものの無事な様子にトクサはほっと息をついた。
「げほっ、俺は大丈夫だ、トクサは問、題――なさそうだな」
いくらルディスの体があったとはいえ、そう変わらぬ距離で衝撃を受けたトクサを見ると、彼は不自然なほどダメージを受けた様子はない。
そんなトクサの体の周りに浮かぶ水のベールのようなものに気づいたのか、トクサが苦笑いを浮かべると同時に、二人に近寄ってくる足音が聞こえた。
「トクサ大丈夫?すぐに回復するね」
そう言いながら杖を構えた白魔導士アーサーが呪文を唱えると柔らかな光がトクサを包み込みあっという間に回復してしまう。
細かい傷もすべて消え、さらに継続回復効果まで付与され、手厚い対処にトクサは苦笑しながらもアーサーへお礼を伝えた。
「えっと、ありがとう」
「ん、どういたしまして」
ちょと照れたように視線を逸らすアーサーをほほえましく見るトクサ。
そんな戦場には似つかわしくない空気に「おい」と低い声が響く。そこにはダメージを受け、アーサーへ冷えた視線を向けるルディスの姿があった。
「なに」
「なに、じゃねぇだろ!俺にも回復よこせよ!ヒーラーだろ!?」
ぎゃんぎゃんと騒ぐルディスの声に、アーサーはうるさそうに顔をしかめるときゅっと自分の耳を掴んで伏せた。
そんなアーサーの態度にルディスの額に血管が浮き出そうになったそのとき、もうひとつの足音が聞こえてくる。
「フフ、次のお客さんが来たみたいだよ」
そこに立っていたのは黒魔導士ヴィヴィアン。いつものように薄く笑みをたたえた視線の先には先ほどルディス達が相手にしていた魔導兵器と同じものが5体こちらに向かっていた。
その姿を認識したとたん、先ほどまでの空気は鳴りを潜め、ルディスの瞳が戦士のそれに変わる。
と、同時にルディスの体を光が覆いすべてのダメージが消え去る。さらに先ほどトクサが纏っていた水のベールがゆらりとルディスの視界の端で揺れた。
「ほら、行ってきなよ、タンクさん」
「……はッ!」
アーサーからの激励を受けた戦士ルディスが吠える。空気が震え、魔導兵器たちの視線がルディスに集まる。
地面を蹴り、斧を高く振り上げたルディスが魔導兵器たちへ踏み込もうとした――その時、ルディスの鼻先をかすめるように熱が爆発した。
半円状の炎の渦が魔導兵器5体を包み込みこみその鋼鉄を無慈悲に焼き尽くす。
コアごと焼かれ、自爆すらも封じられた魔導兵器だった鉄くずがルディスの目の前で脆く崩れ落ちた。
「さすが」
「す、すごいね!」
絶対的な破壊の力。その火力に仲間たちからの賞賛を受けたヴィヴィアンは「ありがとう」とにこやかに微笑みながら構えを解く。
そんな彼らの耳に遠くから「殺す気かーー!!」と叫ぶルディスの声は届いていなかった。