無題〇魔法舎 入口 昼
晶「フィガロ、レノックス、お久しぶりです」
フィガロ「やあ、賢者さま。久しぶり。元気にしてた?」
レノックス「お久しぶりです、賢者様」
晶「おかげさまで。みなさん会いに来てくれますし、楽しく過ごしていますよ。ふたりは今日はどうしたんですか?」
フィガロ「ファウストに用事でね。彼と話したいんだけど、今どこにいる?」
晶「いまは訓練室で授業をしていますよ。今年魔法舎に来た若い魔法使いたちに、魔法を教えてくれています」
フィガロ「ファウストが? 授業はルチルが受け持っているんじゃなかった?」
晶「呪いについての授業だけは、ファウストが教えてくれているんです」
レノックス「若い魔法使いか……。魔法舎が魔法学校になってから、もうずいぶん経ちますね」
晶「あれから十二年も経ったんですもんね。ここの卒業生たちは、それぞれの国で活躍しているそうですよ」
レノックス「頼もしいですね」
フィガロ「アーサーとルチルがここを魔法学校にしたいって言うとは思わなったよ。まさかファウストまで賛同するなんて」
晶「本当に、あの時はびっくりしましたね。もう少しで授業が終わりますから、お茶でもして待っていましょうか」
レノックス「俺が淹れてきます。先に談話室へ行っていてください」
晶「ふたりともこっちに来たばかりでお疲れでしょうから、私がやりますよ。座っていてください」
フィガロ「賢者様、お茶はレノに任せて、俺の話を聞いてほしいな。賢者様にも相談したいことがあるんだ」
晶「そうなんですか。じゃあ、レノックス、すみませんがお願いします」
レノックス「直ぐにご用意します」
〇魔法舎 談話室 昼
晶「それで、フィガロ。相談ってなんですか? お役に立てればいいんですが」
フィガロ「むしろ、賢者様にしか相談できないことだよ。ガブリエルのことなんだけど」
晶「レノックスとフィガロのお嬢さんですよね。あの子に、何かあったんですか?」
フィガロ「十二歳になって、思春期なんだ。俺は子どもを産んでからずっと女性の身体をしているけど、女性として生きてきたわけじゃない。だから、あの子の悩みを本当にはわかってあげられなくてさ」
晶「なるほど。私も思春期だったのはもう随分前だから、役に立てるかわかりませんが……」
フィガロ「随分前って、せいぜい十数年前でしょ。子どもだった頃が二千年も前だった俺に比べたら、つい最近じゃない」
晶「あはは、フィガロからするとそうですね。今度会ったら、話を聞いてみます」
フィガロ「頼むよ、賢者様。それに、しばらくこっちにいることになるかもしれないから、助けてあげてほしいんだ」
晶「え、それって……?」
レノックス「お待たせしました」
晶「あ、お帰りなさい。ありがとうございます、レノックス。ファウストを呼んで来てくれたんですね」
レノックス「途中でお会いしたので、一緒に来ていただきました」
ファウスト「フィガロ、僕に話があるって聞いたけど、わざわざふたりで来るほどのことなのか?」
フィガロ「うん。ファウストに折り入って頼みがあるんだ。座ってよ」
晶「やっぱり、ガブリエルのことですか?」
ファウスト「ガブリエル? あの子に何かあったのか?」
レノックス「ファウスト様、あの子に魔法を教えてくれませんか」
ファウスト「魔法を? 君たちが教えているだろう。僕が必要になるとは思えないが」
フィガロ「多重関係って厄介でね。これから反抗期も来るし、そろそろ俺たちの言うことは聞いてくれなくなる。魔法を学ぶことに意欲があるから、俺たちが中途半端に教えるよりもちゃんとした師匠のもとで学ばせてあげた方があの子のためになる」
晶「つまり、ガブリエルもここに通うことになるんですか?」
フィガロ「いや。ファウスト、あの子の師匠になってくれない? こんなことを親が頼み込むのも変な話なんだけど」
ファウスト「なんで僕なんだ? それこそ、ここの生徒たちと一緒に魔法を学べばいいじゃないか」
フィガロ「ファウスト、君以外に頼めないんだ。安心して俺たちの子を任せられるのは」
レノックス「お願します、ファウスト様」
ファウスト「……わかった。ガブリエルがいいなら、引き受けるよ」
レノックス「ありがとうございます」
フィガロ「ありがとう、ファウスト。あの子も喜ぶよ、ファウストのことが大好きだから」
〇魔法舎 談話室 夕方
晶「驚きました。ガブリエルがファウストに弟子入りすることになるなんて」
ファウスト「本当に。弟子なんて……。それもフィガロの子を」
晶「やっぱり、生徒とは違いますか?」
ファウスト「ああ、まったく違うよ。ここの子どもたちに教えるのとも違う。正直、緊張するよ」
晶「でも、ファウスト、ちょっとにやけてますよ。楽しみですね」
ファウスト「気のせいだ。ちっとも楽しみなんかじゃないよ」
晶「あはは」
〇魔法舎 中庭 朝
ガブリエル「晶さん、こんにちは。ファウスト先生、よろしくお願いします!」
晶「え、ガブリエル? こんにちは。もしかして、ひとりで来んですか?」
フィガロ「待って、待ってガブリエル。早いよ、母様をおいて行かないで」
ファウスト「おい、フィガロ、昨日の今日だぞ。早すぎる。流石に何の準備もできていないんだが」
フィガロ「はあ、はあ……。私だって止めたんだよ。でも聞かなくて、勝手にエレベーターに乗っていっちゃうんだもん。ああ、わき腹が痛い」
ガブリエル「魔法舎なら母様に一緒に来ていただかなくても大丈夫なのに、大げさです」
フィガロ「大丈夫じゃないよ。知っている場所でもよその国なんだから、ひとりで行ったらだめだって何度も言っているでしょう」
晶「フィガロの言う通りですよ。あまりお母さんを困らせないであげてください」
ガブリエル「晶さんまで、子ども扱いする……」
ファウスト「十二歳なんて、まだまだ子どもだよ。急いで来たところ残念だけど、君の部屋の用意もできていないから、フィガロと待っていなさい」
ガブリエル「はーい。あ、晶さん、ルチルお兄さんはいますか?」
晶「今日は授業がおやすみだから、ルチルは出かけてますよ。お昼には戻ってくるんじゃないでしょうか」
ガブリエル「そっか、新しいお話を教えてもらいたかったんだけど。じゃあ、図書室に行こうかな」
ファウスト「図書室なら、今日はリケが来ている」
ガブリエル「リケお兄ちゃんが? やった! 図書室に行ってきます!」
晶「あ、もう行っちゃった。元気だなあ。レノックスに似て足が速いですね」
フィガロ「はあ、もう無理、疲れちゃった。俺は談話室に行ってるよ……」
ファウスト「フィガロ、ひとつ聞きたいんだが」
フィガロ「ん? なに、ファウスト」
ファウスト「もしかして、ガブリエルにまだ性別のことを隠しているのか?」
フィガロ「下の子が成人するまではね。多感な時期に、混乱させたくないから」
ファウスト「隠し通すつもりなら、僕らの前でもそれらしくした方がいいんじゃないのか。どこで見ているかわからないし、賢い子なら勘づくだろう」
フィガロ「確かに、君の言う通りだ。気を付けるようにするよ」
〇魔法舎 図書館 昼
晶「あれ、ガブリエルひとりですか? リケは?」
ガブリエル「ご用事があるみたいで、帰っちゃいました。リケお兄ちゃん、忙しいんですね。図書室にも調べ物をしに来ただけだったみたいで。ゆっくりお話ししたかったな」
晶「しばらく魔法舎に居るなら、いくらでも機会がありますよ。お昼にしましょう、フィガロが作ってくれましたよ」
ガブリエル「……」
晶「どうしたの?」
ガブリエル「晶さん、母様って、ちょっと変わってるんです」
晶「とても長寿の魔法使いですし、確かに他のひととは違うところがありますよね」
ガブリエル「その長寿って、本当なんですか? 北の出身で、世界征服を手伝って、革命の手助けをしたって。父様の方がずっと年下だって。冗談ばっかり言って、わたしのことをからかってるんじゃないんでしょうか」
晶(あらら、今度は本当のことしか言ってないのに、冗談だと思われてるのか。フィガロも大変だな……)