ハロウィンナイトなレノフィ「レーノっ」
レノックスの部屋の扉が開くと同時に、呼び掛けられた。
床に座り、羊にブラシをかけていたレノックスは顔を上げる。
「フィガロ先生」
声の主はフィガロだ。彼は部屋に入り後ろ手に扉を閉めると、その扉にもたれかかった。
「お前、賢者様に悪戯していかれますか、って言ったんだって?」
今日はハロウィンの夜。
晶の世界の風習らしく、幽霊や南瓜の格好をした子どもたちが練り歩いている。魔法舎中で、やれ菓子をくれだの悪戯してやるだのでお祭り騒ぎだ。大人の魔法使いたちでさえも異世界の未知の風習にはしゃいでいる。
「ちょうど、オーエンに菓子を奪われてしまったので」
「ふうん」
フィガロはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、レノックスに迫って来た。
「なんですか」
真上からレノックスを見下ろしている。
彼の榛の瞳孔が、星のようにきらりと光って見えた。
「レノ、いま菓子持ってる? 持ってないよね」
悪戯な笑み。何かを企てている証拠だ。
「いえ、あります」
レノックスは立ち上がって、机の上の菓子を手に取った。キャンディだ。それをフィガロに差し出した。フィガロは「要らないよ」と言って受け取らなかったが。
「どうしたの、それ」
「さきほどスノウ様とホワイト様にいただいたので」
「おふたりが?」
フィガロの疑問は尤もで、彼は先ほど双子に菓子をねだられていたのだ。
「子どもだから、と」
「四百歳は子どもじゃないだろうに」
「あの方達にとっては、あなたでさえも子どもでしょう」
レノックスがそう言うと、フィガロは「確かに」と肩を竦めた。
「なんだ、悪戯してやろうと思ったのにな」
残念そうに言って、フィガロはレノックスのベッドに腰掛ける。そして脱力して、ぱたりと横たわってしまった。
「フィガロ先生」
レノックスは羊たちを寝かしつけると、フィガロの横に座る。
「ん? なに、レノ」
彼は目だけをこちらに向けた。
「菓子はお持ちですか」
「なんだ、レノも菓子がほしいのか。いまはないけど、部屋に余った分が……」
フィガロが言い終わらないうちに、レノックスは彼の上に覆いかぶさっていた。
「近いよ」
「近づいていますから」
「ふうん。悪戯するの?」
薄い唇が細められて、笑みに変わる。
その唇に、己の唇を重ねる。
あたたかく、柔らかな感触。
しかし深く交わる前に、身を離した。
「悪戯は、お嫌いではないでしょう?」
「どうかな」
「では菓子にしましょうか」
キャンディの包みを解いて口に含むと、再び唇を重ね合わせる。
互いの熱で口の中のキャンディが溶けて、唾液が甘くなっていく。
「俺は菓子よりも酒のほうが好きだから、酔わせてくれると嬉しいんだけど」
そう言って、フィガロは唇をひと舐めした。