ここに入ってきたとき、俺は自分が大勝ちをして笑みを浮かべて帰るのだと信じて疑わなかった。
なのに、何故。
手持ちのチップは当初の半分もなく、プライドで後には引けない状況になっている。
わかっているんだ。もうやめた方がいい。降りるんだ。
それなのに俺の口から出るのは「レイズ」のコール。
目の前に腰掛けた吸血鬼は優雅に脚を組み、尊大な態度で俺を見下している。奴の手元には俺や他の客から巻き上げたチップが高く積まれていた。
「たったそれだけか?」
恐る恐る差し出した俺のチップを見て、吸血鬼が鼻で笑う。
高慢にも見えるその姿を目に入れると、何故だか頭がぐらぐらと揺れる。全身が沸騰しているようにも、地の底に引き摺られてるようにも思えた。
「貴様が残りを差し出して勝負をするのなら、」
低く甘い声が俺の鼓膜を揺さぶった。薬物を炙った煙のように、俺の脳を溶かそうと犯してくる。
ゆっくりと動いた指先が襟に固く隠された奴の首元を撫で、赤く燃えた瞳が細められて俺だけを映す。
「私が負けたとき、金も、この身も、全てを差し出してやろう」
俺の全てのチップが向こう側へ流れたとき、蠱惑的な吸血鬼の瞳に、もう俺は映っていなかった。