シュウ、という耳馴染みの薄い音で目が覚めた。正確には目は覚めてない。目を閉じたまま耳がその音を捉えているがこの音は大…玉田の家では聞き慣れない音だった。
目を閉じてても感じる朝日の光に気付き、素肌にまとわりつくシーツの中で一度寝返りを打ちようやく大は目を開ける事ができた。
「…おはよう。何してんだ?」
霞んだ視界で捉えたのは雪祈の大きな背中だった。小さなテーブルに向かって背を丸めて右手をスルスルと動かしている。
「…アイロンかけてます。昨日誰かさんが服を着たままサカったので」
振り向きもしないまま朝のせいだけじゃない低い声で雪祈が言う。
「お前シャツぐちゃぐちゃにして今日どうやって帰るつもりだった訳?ほら、できた」
振り向くと同時にまだ熱を持って暖かいワイシャツが大に手渡される。それは昨晩くたくたになり途中で脱ぎ捨てたはずのものだが丁寧にアイロンがけされ新品のようにピンと皺が伸びてきれいになっていた。
「おおー!サンキュー、雪祈!帰りの事なんて考えてなかったべ」
カラカラと太陽のように笑い、大のしなやかで筋肉質な腕が白いワイシャツの袖を通る。6年間バスケで鍛え上げられた筋肉があっという間に清潔な白に包まれいつもの素朴な青年の姿へ戻っていくのを雪祈はじっと眺めていた。
「次からはちゃんと脱げよ」
フンと鼻を鳴らしアイロン台を片付ける雪祈を横目に適当な返事を返す。次、という言葉が無性にくすぐったく感じた。
それから少しだけ音楽の話をして、キスをして、雪祈の機嫌をとってから大は部屋を後にした。
「あれ?雪祈ンち寄ってきたの?」
帰宅すると開口一番に玉田がそう言った。
「え…なして…?」
「いや、だってシャツにアイロンかかってんじゃん」
そんな丁寧な事するの雪祈くらいだべと言われ、成程と合点がいく。
「あいつ毎日おにぎりとラーメンばっか食ってんのにシャツはいつも皺いっこもないもんな!」
高らかに笑い声をあげる玉田の鈍さに少しだけ安心して、一緒にわらっておいた。