長い手足が黄金色の草を蹴る。
ぐんぐんと加速する姿を見て負けじと短い手足を伸ばしてみるが全く追いつけない。
白と黒の、ボロボロになって表面が捲れてしまっているサッカーボールと夕陽に照らされた銀色の犬は玉田より一足先にゴールで遊んでいた。
「はー、疲れた!犬の体力やべー」
自宅の敷地内の庭とはいえ、何度も往復すればシャトルランだ。美しく整備された草の上に腰を下ろすとのそのそと犬が側まで寄ってきて黒く濡れた丸い目が玉田を見上げる。
きらきらと眩しい視線とハッハッとリズムよく刻まれる呼吸。
言葉なんてないのに、手に取るように感情が伝わる。それを不思議に思った事すらなかった。
玉田のつり上がっていた眉尻が下がり、それでも口角は機嫌良く頬の筋肉を持ち上げている。
「ええ、まだ遊ぶのか?」
昼間にシャンプーしたばかりのさらさらの毛並みを撫でて問いかける。犬は答えないが、その目は言葉よりも雄弁に語りかける。
「わはは。疲れたけどいーよ。今日で最後だもんな」
くしゃ、と顔の周りを両手で撫でまわしてから立ち上がると犬もすぐに飛び跳ねて喜んだ。
きっと遊んでもらえる事はわかってるけど、明日オレがいなくなる事はわかってないんだべなと思うと胸が痛む。
ボールを蹴る、犬が追う、追いかける。
ボールを蹴る、犬が追う、追いかける。
何年も繰り返していた日常が明日からすっぱりとなくなる事に現実感が無く、昨日と同じようにボールを蹴った。
明日の今頃はもう、東京にひとりだ。