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    hl_928

    @hl_928

    ↑20/幻覚しか見てない。
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    hl_928

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    ボガートの話オミニス編

    #HL
    #ominisgaunt

    Nameless here for evermore.「次。ミスター・ゴーント」
     呼ばれて一歩前に出る。
     がんばってと転入生が耳打ちしてきたのに、頷いて応えた。
     みんなを通り抜ける間に、私またアレを聞くのは嫌とグレースが呟くのが聞こえる。他に何人かの嘆息も。クラスメイトたちの方が緊張しているのが、見えなくてもわかった。
     誰もが何が来るかを知っている。去年も一昨年も同じものが出たからだ。
     他のみんなのボガートはよく見えなかったしあまり音を立てないから自分ではわからなかったが、どうやらあのボガートはとびきりひどい部類らしい。初めてやったときなど、普段口を利いたこともないレイブンクローのアミット・タッカーに、「君のボガートのせいで数日間寝不足になった」と苦情を言われた。それにどう答えたかは忘れたが。
     過去の戦績は全敗。初回は恐怖で動けないどころか倒れて熱を出した。去年は辛うじて杖は振ったものの呪文が全く発動しなかった。
     今年はどうだろう。
     教室の真ん中に立って、深呼吸をして杖を握り直す。
    「いいかい?」
    「はい、先生」
     ヘキャットの声に返事をすると、すぐにカチャリとロックの外された音がした。
     クロゼットの扉が軋み開くのがやたらゆっくりに感じられる。
    「出た…」
     後ろの方で誰かが声を上げた。さわさわと囁きあうクラスメイトたちの声の中に、転入生とセバスチャンのものも混ざっている。
    「あれなに?」
    「少し待てば分かる」
     セバスチャンの声も少し緊張していた。転入生だけがずいぶん呑気な調子。
     けれど彼もすぐにびっくりするだろう。
     いつも破天荒なことばかりしている彼らへの意趣返しになるかと思えば、すこしだけ溜飲が下がる気がした。自分も一分後にはひどく取り乱すことになると知っていても。
     ボガートは霧のような状態で地面あたりを漂い、少しずつ色を変えようとしている。だがなかなか姿が固まらない。
     あんたの目は見えているわけじゃないが、完全に見えないわけでもない。だからボガートもどういった形を取るか少し戸惑うのかもしれないね、というのがヘキャットの分析だった。
     数秒ほどで床付近に漂っていた霧はベージュ、灰色、紺、黒が寄り集まった境界の曖昧な靄のかたまりになる。
    「耳を塞いだほうが良い」
     ボガートが姿を取り終えたと察したセバスチャンが転入生に言ったのが聞こえた。パサパサとローブの擦れる音がいくらか続いて、みんなもそれに従ったとわかる。

    Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!

     見計らったかのように、凄まじい音が響き渡った。
     マンドレイクの悲鳴に苦痛と絶望と狂気を練り込めるだけ練り込んだって、もっときれいな音がする。そう思えるほど、この世で最も醜い吐き気のする音。
     少し聞くだけで脳みそをかき回されるような気分になる。何度も何度も殴りつけられているように、頭がグラグラした。反射的に喉と心臓が縮み上がって痛みを感じた。
     後ろのクラスメイトたちも悲鳴を上げたり息を飲んだりしているだろうが、それらもすべて塗りつぶされて聞こえてこない。
     それは、この世の物とは思えないような凄惨な悲鳴だった。

     泣きじゃくりながら杖を振ったあの日。
     あの呪文による、全身をすり潰され、切り刻まれ、溶けた鉛に投げ込まれたような痛み。死ぬと思った。死にたくないと思った。
     だからやるしかなかった。同じ呪文を使うしかなかった。
     唱えてみたら、今度は指先と心が痛くて冷たくて怖くて怖くて気が狂いそうで。
     けれど止められなかった。止めたくなかった。
     こいつが苦しめば、ぼくは苦しまなくてすむ。
     痛いのはいやだ。苦しいのもいやだ。
     だから、全部あげる。ぼくの分もおねがい。
     ぼくが苦しまないために。
     苦しんで。ころげ回って。泣きさけんで。ぼくの分も。もっと。
     もっと。もっと。もっと。
     苦しめ。苦しめ。苦しめ。
     もっとくるしめ。
     何度も心の中で繰り返しているうちに、指や心の痛みは遠のいて、楽になって。
     ただひたすらに杖をかざして、音を上げるそれを見つめ続けた。


     わかっていたのに避けられようもなく襲ってきた瞬間的な記憶の波から、急に我に返る。
     汚らしい靄は悍ましい音を発し続けている。
     心臓が破裂しそうなほどに早鐘を打ち、血が轟々と全身を駆け巡る感覚がする。全身から汗が吹き出して、涙が滲む。
     けれど、拭う余裕なんかない。まだ杖を構えられているのが驚きだった。
     これを振らなければ。唱えなければ。
     この音を振り払う何かを思い描かなければ。
     なのに何も頭に浮かばない。呪文も、杖の振り方も思い出せない。
     頭の中が真っ赤で、脳みそはぐちゃぐちゃで。
     喉が焼け付いたように酷く痛んで声が出せない。

    Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!

     吐き気のする狂った音だけが世界の全てになった。
     このままべしゃんこに押しつぶされる気がしてくる。
     ああ、クソ。駄目だ。
     そして、恐怖と嫌悪と焦燥で後退りそうになった時。
     音の隙間から、自分の名前を呼ぶ声がした。
     オニミス、と。
     消え入りそうなそれは、何年かぶりに聞く、もう二度と聞けない声だったかもしれない。今日も昨日も、何千回も隣で聞いてきたあの声だったかもしれない。
     ちゃんと聞きたい。
     この音を締め出さなければ。
     そう思うと突然、雲の隙間から差し込む陽の光のような温かさと一緒に、呪文と感覚が降ってきた。

     くしゃりと指に絡まる、柔らかい毛。温かくて、しなやかで。
     捕まえておきたくても上手に抱けなくて、いつもするする逃げていく、あの。

    「リディクラス!」
     すかさず呪文を唱える。
     靄はシュルシュルと空気の抜けるような音を立てながら、茶色く、小さく変形した。
     ころころもぞもぞ動きながら床に転がったそれは、もう狂ったような音は立てていない。かわりに、にー、にーと鳴き声を上げる。
    「猫? ニーズル? かわいい」
     後ろの方で真っ先に声を上げたのがポピー・スウィーティングだったのが彼女らしくて、思わず笑いそうになる。背後のみんなもホッとしたような雰囲気だ。
     それを把握するだけの余裕ができたのは音が止んだせいだったが、それでも呪文の効果は途切れさせないようにしなければならない。あれが元に戻ろうとする抵抗を感じる。
     汗が幾筋も顔を伝うのがわかったし、膝も震えている。杖を握っている手が痺れて感覚がない。
     でも、今回はいける。
     そう思った瞬間、ぐっと反発が強くなって、茶色の塊がそれまでと全く異なる音を出した。

    「た、すけ、て、」

     怖気が走った。
     違う。
     あれは醜い靄なんかじゃない。まして、茶色でふわふわの愛らしい生き物でもない。
     あれはのたうち回って不快な音を立てるだけのものじゃなかった。
     人間だ。
     彼は、何の罪も悪意もない、ただただ不運な普通の男だった。
    「ギャアアアあッ!!ウぎゃあぁッアアアアァっ!!!!アァアアッアアアアァァッアア!」
     一瞬にして茶色の塊は元の大きさに広がって色を変えた。
     彼は床の上でのたうち、跳ね、転げ回って悶絶する。
     恐怖と苦痛の大絶叫が、再び教室中に響き渡る。
     駄目だ。
     一生耳から離れない。絶対に忘れない。逃げられない。
     自分はすり潰されるまで、彼と、この悲鳴とずっと一緒だ。
     そう思った途端、全身の力が抜けて手から杖が落ちて。
     何もわからなくなった。


     ごめんなさい。ごめんなさい。
     でも、ぼくは、もう。
     ゆるして、ごめんなさい、いやだ。
     ごめんなさい。ごめんなさい。
     ああ、ごめんなさい。だめ。いや。
     こんなことゆるされない。
     ぼくはゆるされない。

     たすけて。


    「そこまで」
     ヘキャットの声で、スイッチが切り替わるように感覚が戻ってきた。
     かわりに、悲鳴が止んで、あの靄も消えている。
     軋みながら扉が閉まり、それに続いてカチャリというロックの音がした。
     カツカツという靴音。それでボガートを押し込めた彼女がこちらに向き直ったと分かった。
    「大丈夫かい、ミスター・ゴーント」
    「…はい」
     頷いたものの、体が石になったように動かない。両足は床に張り付いている。おかげでへたりこまずに済んでいるが、その場から下がれない。杖も拾えない。
     汗が冷えて寒気がした。
    「成功とはとても言えないが、去年からは進歩したね。いい傾向だ」
     ヘキャットがいつもどおりの鋭く厳然とした声に、少しだけ柔らかさを混ぜた調子でそう言う。その言葉がとても信じられなかった。
    「そう、でしょうか」
    「焦るんじゃないよ。大の大人でもあれには手も足も出ないなんてことは少なくないんだ。あと一歩。いや、三歩、四歩か。このまま精進することだね」
     後ろの方から二人の足音が駆け寄って来る。セバスチャンが肩を抱いてくれて、転入生は杖を拾いあげて持たせてくれた。
    「大丈夫?」
    「惜しかったな。成功したかと思ったのに」
     ほんの数分ぶりなのに二人の声を聞いたのがひどく久しぶりな気がする。先程までの記憶が猛烈な勢いで洗い流されていく気がした。まだ心臓の奥に冷たい棘が残っているのを感じるが、恐怖による体の強張りが解けていく。
    「さあ下がりな。しばらくフラつくだろうから、支えておやり」
     へキャットに指示され、二人に支えられて教室の隅まで下がる。
     床に座ると一気に疲れと眠気が襲ってきたので、セバスチャンに寄り掛かる。
     彼は押しのけようとしたものの、
    「おい…。まあいいか。敢闘賞ものだったからな」
     と溜息をはいて、そのままでいてくれた。
     うつらうつらしつつ考える。
     あれは幻聴だったのか。あんな音の中、誰かの声など聞こえるはずもない。
    「ちょっと、オミニス。疲れたのはわかるけど寝ないで」
    「さすがに寝るのは無しだ。君を担いで次の教室まで行くのはごめんだぜ」
     二人の声を聞きながら、今は考えなくていいかと思って目を閉じる。
    「だから寝るなって」
    「おきて!」
     君たちの番になったらちゃんと起きるさ。
     言ったつもりだが、声が出せていたかわからない。
    「本気か。僕らの番も寝てスルーするつもりか?なんて薄情なやつだ」
    「ええ、やだ、僕の番も二人に応援してほしい!」
     ただ賑やかな二人の声を聞けるのが嬉しかった。
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