其れはまるで王子様花のような良い香り
キラキラと温かくなる雰囲気
背が高く優雅
優しく甘い言葉
綺麗な容姿
それでいてピンチのお姫様を颯爽と助け。
手を差し出す。
王子様というやつだ。
もしそんな人物が現れたら老若男女関係なく目を奪われるんなんだなぁ...
グ・ラハは挿し絵に刻まれた王子をつついた。
20過ぎの男性に不釣り合いな少女向けの絵本。
先日、旅の流れの古本屋で本を買った祭に紛れ込んでいたらしく、返品に行った時には本屋の姿は何処にもなかった。
仕方なしに手元に置いると言うことだ。
息抜きついでにパラパラと目を通す。
ありきたりなお姫様に王子様の一目惚れのハッピーエンドなお伽噺話。
目にした女性なら一度くらい胸を踊らせ憧れるのだろう。
そんな王子様と結ばれる事を..
王子っていう柄でもない。
自分には一生無縁そうな事だな。
目指したこともないけど。
王子様ってくらいだ。
そんな完璧な人物はおとぎ話の中か...
王族、貴族くらいに稀に噂を聞くくらいでなかなかお目にかかれる事はない。
そんな人物なんて、やっぱ一生無縁だな。
...想っていた。
昨日までは。
「やぁ おはよう!グ・ラハ・ティア」
入り口から顔を出したヴィエラ族の男は、えらい綺麗な顔立ちをふわりと緩ませた笑顔を向けた。
テントの外から入り込む光が彼に差し込み、いつもよりキラキラしている様だ。
小鳥の囀ずりすらバックミュージック。
此処は昨日と同じモードゥナなのだろうか?
入り口から出たら花畑にお城でも建ってんじゃなかろうか?
一瞬疑ってしまうのは彼の影響だろう。
冒険者として駆け巡っているとは思えない色白な肌。
さらりとした色素の薄いミルクティと桃色の髪。
長い睫毛に優しげな瞳の色は桃色が映える。
整った顔立ちにすらりと伸びた、うらやましい程の背丈。
清潔感ある白を基調とした冒険服を着こな細身の体。
にしては程よく筋肉も付いている。
おまけに人当たりも性格も..いいときたもので。
多分、こういうやつを世間は王子様と呼ぶのだろう。
昨日までの夢物語の空想でなかった存在が居たのか..
絵本から飛び出して来た様な冒険者に不覚にもグ・ラハは胸が高鳴った。
それに悔しいが戦闘能力も抜群で、まるで小さい頃、読んでいた憧れの英雄の様でもあった。
そんな人物がいたのか!
事あるごとにグ・ラハは何度も心の奥で叫び、気がつけば目の端で追っていた。
依頼した調査員にしては、ありがたいくらいな人物。
難を言えば、キラキラすぎて自身に視線を向けられるのはなかなか慣れない。
「何読んでるの?」
グ・ラハの手元に置かれた本。
いつもの文字ばかりでなく、美しい挿し絵が刻まれた頁に彼が興味を持つ。
「あぁ...おはようセレブ
これか?子供向けの絵本だ」
「へぇ...」
一瞬、彼の目がキラリと光り子供の様な表情を浮かべた。
彼は、座るグ・ラハの背後に回ると絵本を覗きこんだ。
香水なのか、身につけた花飾りからなのか。
ふわりと花の香りがグ・ラハを包み込んだ。
頭の中がふわふわになりそうだ。
「買った本に紛れてさ。
ありきたりなお姫様に王子様のハッピーエンドな話だ。興味あるのか?」
グ・ラハは何とか平然を保ちながら冒険者に話す。
「うん。僕はまだ文字がちょっと苦手だからさ。絵が多い本に惹かれるんだ」
冒険者は長い耳を少し揺らして照れ隠しに、苦笑いを浮かべた。
完璧だと思われた彼の意外な一面に、少し親しみを感る。
「綺麗な絵だね...王子様とお姫様見つめ合って幸せそうだね!」
すらりとした腕がグ・ラハを覆うように伸び、長い指がお姫様の頬をなでた。
それから視線がゆっくりとグ・ラハに移り、至近距離の王子様スマイル向けられた。
全身の血が一気にはね上がり、毛がぼわりと膨らむ感覚にグ、ラハは跳び跳ねる様に席を立た。
(無理だ!)
本能が彼から逃げるように距離をとった。
彼はそんなグ・ラハをきょとんとして見ている。
熱が頬に集まる感覚が襲い心臓がばくばくと落ち着かない。
彼に見せたくなくて背を向けた。
「そ...それより呼びにきたってことは、そろそろ飯か!」
「あ...そうそう ラムブルースさんに頼まれて呼びにきたんだった」
「それはありがとうな!セレブ!
ちょっと先に顔洗ってくるから食べててくれ!」
「ああ...分かった。冷めないうちに帰っておいでね」
グ・ラハはいそいそと、テントを出ると湖畔に早足で向かった。
心臓が痛い。
収まれと何度もノックをしたがなかなかに収まらない。
(なんだ...これ男になんで...こんな)
湖畔に着くと勢い良く水を顔に当てる。
普段は冷たすぎる水も心地良く、何度か浴びれば心臓も落ち着いてきた。
波紋が収まり水面に写し出される自分の顔が少し赤みをましていた。
グ・ラハは両手で顔を覆い深いため息を溢した。
まじか...まじかよ...
「王子オーラ怖ぇぇ」
まさか同姓に...いや。
人にただ笑顔を向けられただけでこんなになるとは...
初めてだ。
「...至近距離...絶対!無理」
『お姫様と王子様が見つめ合って幸せそうだね』
脳裏に浮かぶ声をかき消そうとブンブンと首を横に振る。
いやいやいや...
あんなキラキラが自分だけに向けられるなんて...
「無理..遠目に見てる立ち位置でいい…かも...」
だけど。
お姫様をなぞる彼の指先が頭から離れない。
なんだか胸の奥に嫌な空気が貯まる感覚に息つく。
(なんだこれ....)
深く考えそうになる思考を、お腹のムシが騒ぎし止めた。
「腹へった...」
まずは腹ごしらえか..
グ・ラハは立ち上がり、ゆっくりとキャンプ地へ歩みを進めた。
戻りながらも脳裏では作戦会議が広げられた。
今回の調査の立場上、絵本の平民のように彼を遠巻きに見てるだけには行かない。
慣れるまで彼にどう平然と振る舞い過ごすか。
頭を駆け巡った。
キャンプ地では、数人の調査員がそれぞれ朝食をとったり忙しなく動きまわっていた。
着くまでに解決策は浮かばずに、彼に普通に話す覚悟もまだ出来ては居なかった。
とりあえず、話しかけられたら他愛ない話とか今日の調査に話題を向けよう..
少し緊張感を持ちつつ食事場に向かい辺りを見渡す。
冒険者はすでに食事を終わらせ調査の準備をしていた。
グ・ラハに気づいた彼はお帰りと軽く手をあげ、グラハも軽く笑顔で手をあげて返した。
よかった。
少し安堵したグラハにおいしそうな匂いが鼻をかすめ、すんすんと辿るように配膳所に吸い込まれる。
ララフェル族の食事係からスープとパンを受けとる。
「今日の飯 冒険者さんも手伝ってくれたんすよ!」
彼は嬉しそうにグ・ラハに話しかけた。
「へぇ...料理も出来るのか」
「何でもリムサの有名レストランで修行したらしいっす!味は保証つきっすよ」
食事係の彼は冒険者と、もう打ち解けていたようだ。
「え!あのビスマルクでか?」
「あの容姿で性格もよくて料理もうまい!
まさにああいうの王子様っていうんかね?
俺もちょっとトキメいちまったっすよ」
「え!」
あんたもか?と口に出すのを必死で飲み込んだ。
そうか..
俺だけじゃなかった...
少し力が抜け、ポスンと食卓につく。
いつもより確かに美味しいスープとパンでお腹が満たされてくると思考は冷静を取り戻す。
(あれ..オレ何でこんなんに頭を抱えてたんだ?)
お腹がへっておかしくなってたのかもな。
気持ちを調査に向けて切り替えた。
(終)