ベクトルの行方プロ軸
付き合う前の2人のお話
愛空(自覚あり)
馬狼(自覚なし)
人の好意、取り分け"好き"という感情はそれぞれ個人でベクトルが異なる。
ただ、こいつのそれはしっちゃかめっちゃかに矢印が向いていてそれは主に異性へ伸びていて、サッカーから派生してチームメイトへと向けられてるんだろうなと頭の片隅でぼんやりと考える。
「なぁー、ばろちゃん、まだ帰んねぇの?」
練習後の柔軟を念入りにやる俺の横で手持ち無沙汰にボールを手の中で転がす男から本日3回目の問い掛けが投げ掛けられる。
それを聞き流し、ふーっと息を吐きながら足先へと身体を倒せば、筋肉が伸びるのを感じて心地良い感覚に身体が緩んでいく。
「ばろちゃん聞いてる?俺、車で来たから送ってくよ?」
「あんたの車、目立つだろうが…」
「えー?良いじゃん、俺とお前の仲なんだし」
帰る方角は別方向だ。
待ちくたびれたならさっさと帰れば良いのに、しつこく居座る年上のチームメイトに舌打ちをする。
意味深な言葉のチョイスが鬱陶しくて睨み付けた視線の先、にやにやとした笑顔を浮かべた男は楽しそうで、余計に腹立たしさを感じる。
1ヶ月前に発売された週刊誌、爆発的に売れたそれの一面を飾ったのは同じ車に乗る俺とこのダラけた男の車内での何の変哲もない写真で、題名は「愛空、年下チームメイトにお熱?!」
なんてしょうもないものだった。
けれど、そう思っていたのは俺だけだったみたいで、世間はこういう手の話題に飢えていたのかあっという間に広がった。
チームメイトには笑われ、青い監獄に居たメンバーからはメッセージが幾つか…それも揶揄う内容ばかりで無視を決めた。
一つ、スナッフィーだけからは何かあれば助けてやるからなとだけメッセージが送られて来た。
結局、黙っていれば勝手に飽きていく。
何が愉しいのか全く理解出来ない俺を放っておいて、呑気に笑う男はきっとヘディングのし過ぎだ。
「なんか予定でもあんの?」
開脚して身体を右足へとゆっくり倒していく。
ヘラヘラと笑みを浮かべた愛空の目がスッと細まって首を傾げて見せる。
その反応に今後の予定を言うか言わまいか少し悩んで、言わなければ言わないでしつこく聞いてきそうな気がして渋々口を開く。
「…スーパー、寄るんだよ」
「スーパー?!」
身体を左へと倒せば愛空の声の大きさに眉間に皺がよる。うるせぇ…
大した事じゃねぇだろ…
そう思いながら舌打ちして見せれば、驚いたように目を丸めたまま、あ、ごめん、なんて言って手を口元へと当てる。
声も反応も煩い…。
呆れてため息を吐きながら柔軟を続ければ、案の定愛空が興味を持ったように身体を寄せてくる。
「ちけぇ、うぜぇ、寄るな…」
「夜ご飯、馬狼の手作り?」
「?ンなもん当たり前だろうが、他に誰か居んのか」
「彼女とか…?」
は…っ?
想定外の言葉に肺に溜まっていた空気が抜けるように声が出る。
驚いて目を向けた先には何かを探るような表情を浮かべた愛空がいて、人のプライベートをずけずけと探ってくるメディアを思い出して不快感が湧く。
恋人が居なかったといえば嘘になる。
青い監獄を出て暫く経つ。
その間に何人かから好意を伝えられ、勝手に近付いてきて勝手に離れていった。
「…ンなもんいねぇわ」
「ふーん?」
柔軟を終わりにしてボトルに入れていた水を飲み干せばゆっくりと立ち上がる。
吐き捨てるように言った言葉に曖昧な相槌を打った愛空が懲りもせず後ろから着いてくる。
終始機嫌良さそうに歩いている愛空に内心で舌打ちしながら、青い監獄以来のこの男が未だに掴めずにいる。
「帰る準備して外で集合な!」
ロッカールームに戻る際に肩を叩かれて当たり前のように言われた言葉に文句を言おうと口を開いた時には背中を向けて走り出していて、俺の反応を全て知っている上で行われる子供みたいな行動に頭が痛くなる。
無視して帰ってやったって良い筈だ…
勝手に待って勝手に送るなんざ言って、俺の意見を無視する男の事なんてどうだって良いだろ…。
調子を崩され苛立つ気持ちを何とか抑えながら、帰る準備を進める。
暫くしてロッカールームから駐車場へと続くゲートを抜ければ赤色の車が停まっていて自然とため息が出てくる。
赤のPEUGEOT.SUV3008
ベンツやBMWなどの有名どころと比較するとフランス製のそれは日本の街中であまり見ない気がする。
「ばろちゃんこっち〜」
「………」
止まっている車の運転席から手をひらひらと揺らす男が嬉しそうに笑っていて、俺に気づいた瞬間車から降りて後部座席のドアを開ける。
「荷物は後ろね、そんでお前は助手席」
あっさりと持っていた荷物を引き取られて、人質のように座席へと置かれてしまい、軽くなった手を引かれて助手席へと誘導される。
どうしてこうなるのか自分でも納得いかない。
車の速度に合わせて流れていく景色をシートに身体を預けながらぼんやりと眺める。
車内では洒落た洋楽に被って愛空の歌声が聞こえていて、何をしていても楽しそうな男だなと思う。
外車のハンドルを慣れた手付きで回して、余裕のある運転をする。
この車の前はスポーツカーに乗っていた、らしい。
それもそれで似合うなと、内心で思っていれば車が信号で静かに止まる。
「車…なんで変えたんだ」
「ん?あー、そうだなあ…好きになったから、かな」
「?」
「お前はこの車好き?」
「まぁ、悪くはねぇ」
実際にはライオンのエンブレムも色も乗り心地も気に入ってる。
飽きたからでは無くて好きになったからと言う返答に車を持ってない俺からしてみればそう言うもんか?と思いながら車が走り出すのをシート越しに感じる。
家の近くにあるスーパーの駐車場に車が停まったのを確認してから財布と袋を持って車から降りれば愛空もついてくる。
「なんも面白くねぇぞ」
「そんな事ないって、俺あんま自炊しないしスーパー久し振りだわ〜。カート押していい?」
「そんなに買わねぇからいらねぇよ…」
俺の言葉なんて聞きもせず、浮ついた足取りでカートを取りに行った愛空にガキかよ…と小さく言葉を落としてカゴを一つだけ持って店内に入る。
「ばろちゃん今日は何作んの?」
「あー…肉」
「肉かぁー、俺あれ食いたいな、生姜焼き」
「聞いてねぇわ」
カラカラとカートを押しながら追い付いてきた愛空の問い掛けに、何を作るか決めかねていた事もあって漠然とした答えを返してみれば指を立てて閃いたとばかりに提案してくる。
それに呆れながらも内心で少し良いなと思ってしまった自分に舌打ちする。
「くそが…っ、にやにやすんな、きしょいんだよ」
「えー?だってばろちゃん、生姜焼き作ってくれるんでしょ?可愛いよなお前」
結局あの後、カゴに放り込んだ食材は愛空の提案した通りになってしまって、それを察した辺りからにやにやと締まらない口元で話し掛けてくる男に堪らず突っかかる。
場所をスーパーから自宅の駐車場へと移して、食材の入った袋を持って当然とばかりにマンションへと入ってくる愛空に盛大に舌打ちをしてみせても怯まない。
図太過ぎて苛つきを通り越して呆れる事が多いけれど俺の絶対に許せない領域には踏み込んで来ない。
DFとしてなのか、もとの性格からなのか、よくよく見られていると感じる擽ったさを感じる。
ただ、それが心地良いとすら感じ始めたのはいつからだったか。
好きにさせてれば良い…俺に害をなす男じゃないのは青い監獄にいた頃から知っている。
「俺もこのマンションに引っ越してこようかな〜」
「それだけは絶対やめろ」
きょろきょろと忙しく視線を動かす男のふざけた言葉に低く言えば、俺の反応を楽しんで目を細める。
余裕のある態度が気に入らねぇ…
いつも飄々としていて何考えてんのか分からねぇ、冗談ばかりの男より、試合中に見せる余裕の無い、FWに喰って掛かるような愛空の方が俺は…、、、?
「ッ…?」
「…お?どした?」
「…何でもねぇ」
俺は…なんだ?
もやもやとした違和感を抱えたまま、家の前に着いてしまえば鍵で開錠してドアを開ける。
考えていた思考を切り上げて、取り敢えず食材を冷蔵庫へと入れてから夕飯の準備をしようと考えていれば、食材の入った袋を持った愛空の手が俺の方に差し出される。
「あ?なんだよ」
「え?食材?」
「は?…食ってくんじゃねぇのかよ?」
「えっ!?うそ、良いの?」
首を傾げる俺に予想外だと目を丸めてじわじわと口元を緩める愛空が嬉しそうに笑う。
その表情の変化を見ながら、まるで俺から招いたみたいになった空気感にカッと身体が熱くなって、内心でしくじったと悪態をつく。
食う気満々だった癖に、まさかそのまま帰ろうとしてたなんて思いもせず、気恥ずかしさに顔まで熱くなってくる。
「ッ〜…勝手にしろ!」
「あーッ、ばろちゃん可愛い!照れてる?照れてる?」
慌てて踵を返してリビングへ逃げるように向かえば、後ろから弾んだ声で揶揄われてうっせぇっと言い返す。
その後も手を洗って晩御飯を作る間、ずっと後ろをうろちょろする愛空を何度か蹴って、いつもより疲れる夜飯になった。
ダイニングで生姜焼きを頬張りながら美味い美味いと言う愛空に満更でもない気持ちになって、思わず、今日はどうすんだよ…なんて口を滑らせる。
もう時間も遅くて、車だったとしても疲れているだろうし事故られても気分が良くない。
そんな思いで言い訳しながら、ちらりと愛空を見れば驚いたような表情を浮かべながら首を傾げる。
「ん?泊まっていいの?」
「……、ソファで寝ろよ」
別に男同士で泊まるなんざ変な事でも無い筈なのに、向けられた愛空の視線に一瞬どきりとする。
誤魔化すように吐き捨てて言えば、そんな寂しい事言うなよ〜なんておちゃらけた言葉が返ってくる。
家事を終わらせてのんびりと過ごし、お腹も落ち着いてきた頃、風呂に入れと愛空へと声を掛ければ、ソファに座ってテレビを見ていた男が笑いながら振り返る。
「一番風呂は家主の特権だろ、先入って来いよ」
「…勝手に部屋ん中触んなよ」
「ええー?そう言われると触りたくなるんだけど?」
ワキワキと手を怪しげに動かす男の揶揄いに眉を寄せながら低く悪態をつけば、切り替えたようにひらひらと手を振られる。
「寂しいから早く上がってきてね〜」
ソファーの背もたれに身体を預け首だけをこてりと傾げた愛空の目が細められて、冗談なのか本気なのか分からないトーンの口調に舌打ちだけを落として風呂場に向かう。
シャワーを浴びてさっぱりした身体に、思考が追い付いてきた気がして、シャワーを頭から浴びながら浴室の壁に手をつく。
思わず深い溜め息が出て、どうして今こんな状況になっているのか考えても分からないことをぐるぐると頭の中でこねくり回す。
調子が狂う…
チームメイトとして近過ぎる距離のはずなのに、断れないでいるのは俺の方だ。
愛空といると分からない事が多い。
それを全部見抜かれているように感じるのはアイツの方が年上だからなのか…。
分からないことをうだうだ考えても仕方ないと、火照り始めた身体に気付いてシャワーを止めて風呂から上がる。
「ちゃんと温まって来たか?」
「ん…次、早く入れ」
着替えてドライヤーを掛け、リビングに戻ればテレビを見ていた愛空が振り向いてきて目を細める。
愛空の問いに頷いてから着替えとタオルが置いてあるのを伝えれば、愛空がゆっくりと立ち上がって鼻歌を歌いながら風呂場に向かう。
愛空の見ていたテレビからは笑い声が聞こえて来て芸人の嫌に張り上げた声が耳につく。
取り敢えず愛空が上がってくるまでに寝室に行って予備の毛布でも出しておこう。
流石にプロのサッカー選手がソファで寝て風邪引きましたなんて情けなさ過ぎる。
準備した布団をベッドの足元に置いたところで、ベッドサイドに置いておいたサッカー雑誌に目がいく。
妹から無理やり送りつけられたそれは青い監獄のメンバー特集で過去から現在にかけての活躍をまとめているものだった。
"凪くんとか潔くんとか同じ部屋だったんでしょ!?何で言ってくんないの?!今度話聞かせて!"
なんて頬を膨らませて半強制的な約束を突き付けてきた妹たちに感想まで強請られたんだった。
思い出してしまえば、仕方なくベッドに上がって途中まで見ていた場所を開いて暇潰しにページを捲っていく。
「ばろちゃんここに居たの、探したわ…」
「ああ、、っ、おぃ、アンタはソファだろっ」
ドライヤーの音には気付いていた。
音が止んで暫くしてから、ひょっこりと寝室に顔を覗かせた愛空が困ったように言って、ベッドへと乗り上げて来くるので、慌てて読みかけの雑誌をベットサイドへと置いて追い出そうと試みる。
手を伸ばして愛空の肩を押そうとした瞬間、視線が勢いよくズレて背中にベッドのスプリングを感じる。
「っ、あ?」
「足元がお留守だぜ、王様」
してやったりと笑う愛空の手が俺の足首を掴んでいるのに気付いて足を引っ張られたのだと分かった。
「ふざけんな、っ、おい、ッ」
「なぁ、気付いてない?それとも気付いてて知らないふりしてる?」
グッと振り上げた手は簡単に捕まりベッドへと押し付けられる。
振り解けない力強さに困惑と焦りが湧き始める。
必死に拘束を解こうとする俺を上から見下ろしながら、愛空の目が細められる。
さっき見ていたものと違う、見定めるような視線と言葉に訳が分からず眉を寄せる。
「?何がだよ…」
「今までの女の子とは全員綺麗に関係を切った。」
「ッ、はぁ?オーナーに言われたからだろ」
「お前の好きそうな車にも乗ってる」
「っ、そんなん知るかよ、なんなんだアンタッ」
訳の分からない話を突然始めた男に上から体重をかけられ完全にマウントを取られる。
何がしたいのかわからない、何を考えているのかも分からない。
計り知れない愛空の雰囲気に、怖いと思ってしまった。
「照英、頼むからあんまり隙見せんなよ…勘違いするだろ」
黒と明るい翠色の瞳がじっと俺を見つめてきていて、困ったように眉が下がる。
いきなり掠れた低い声に名前を呼ばれて、どきりと心臓が跳ね、さっきまで恐怖に思っていた雰囲気が吹き飛び声が一層柔らかくなる。
「俺はお前を落としたくて必死なんだけど?」
へらりと珍しく力ない笑みを浮かべた男に息が詰まってどう反応して良いか分からなくなる。
「ッ、そう言うのは女に言えよ」
「俺はお前が良いの…。女の子に言ったって意味ないだろ?」
落とすってなんだ。
「俺はお前のこと好きなんだけど、お前は?」
好きってなんだよ。
「なぁ…少しは期待して良いのか?」
愛空の視線から逃れたくて顔をシーツへと寄せれば小さく笑った男の手から力が抜ける。
じわじわと広がる熱が顔にまで昇って来ている気がして、ドッドッと強く速く主張する心臓の音が頭に響いてくる。
「しょーえい」
「ッ、、」
気付けば上から覆い被さって来ていた愛空に見下ろされて、初めて見る雄臭い表情を浮かべて掠れた甘い声が俺の名前を呼ぶ。
ゾクゾクとした言い知れない感覚が全身に広がって、胸が締め付けられて息苦しい。
「っは…」
「はは、真っ赤になっちゃって、ほんと、可愛いなぁお前…」
ぎしりと顔の横へと手をついた愛空に髪の毛を梳かれ、甘ったるくて優しい声色と俺の事が好きだと言わんばかりの惚気た表情に目が離せなくなる。
俺は翻弄されるばかりで、動くことすら出来ず、ごくりと乾いた喉を上下させる。
「本当はまだ、伝える気なかったのにさ、俺のこと家に上げるわ料理作ってくれるわでさあ…俺も男なわけよ。分かるだろ?」
「ッ〜、、っ、分かる訳、ねぇだろっ」
「これでも?」
投げやりに吐き出した言葉すらも、愛空にはちっとも響かず逸らした顔を引き寄せられたかと思えば目の前にオッドアイが広がり、気付けば唇に柔らかい感触がして器用に口腔内へと舌が差し込まれる。
「ッ、ンンっ!」
ぬるっとした感触が口腔内を這い回って腰に響く感覚に堪らず愛空の手を握り締め抵抗する。
息継ぎだけの時間を与えられて、舌が絡まりぴちゃぴちゃと音が立つ。
必死に愛空の舌を押し出そうと舌を動かせば良いように擦り付けられて吸い上げられる。
ぢゅっと音を立てたそれにびくりと身体が震えて、睨み付けた愛空は余裕そうに目を細める。
「んっ、っ、は、ッ、ふ…ぅっ」
「ちゅ、ッ、ちゅ…」
舌がジンジンと痺れを訴え始めた頃にやっと解放されれば、唾液で濡れた唇を啄まれて、荒く息をする俺を見下ろしてくる。
「気持ちよかった?」
「っ、」
「俺はお前が良いならこの先も全然イケるんだけど」
頭が回らねぇ…
脱力した身体に愛空の手が這って勝手にビクビクと跳ね上がり、抱えられた足の間へと身体を入れ込んだ愛空の腰が押しつけられ、その反応しきった熱の硬さに思わず声が漏れる。
「ッ、も、やめろっ…」
「…怖くなっちゃった?」
自由になった手で顔を隠しながら静止の声を上げれば、案外にぱっと愛空の手も身体も離れていく。
それから小さく、静かに落とされた言葉に、今感じている気持ちが何なのか分からず答えることもできない。
「わかんねぇよ…っ」
「ふ…、ピュアな王様だな」
「うっせぇ」
声が震えそうになるのを何とか抑えて今の自分の感情を吐き出せば、愛空はそれを貶すでもなく面倒くさがるでもなく、小さく笑って見せる。
そうかと思えば顔を隠す手を外されて、代わりに愛空の両手で頬を覆われる。
「なぁ照英、俺がお前のこと好きなのは本当だから、それだけは分かって欲しい。お前がまだ決められないって言うなら俺はお前が決められるまで待つ。それが好きでも嫌いでも。だから俺の気持ちを嘘だとは言わないでくれ、これはお願い。分かった?」
「ッ…分かっ、た…」
試合の時に見せるような真剣な目で見つめられて思わず頷いてしまい、俺の言葉に満足そうに笑った愛空がすぐに顔を引き締めたかと思えばベッドから勢いよく起き上がる。
「トイレッ!」
「こンの、ふざけんなっ!!」
バタバタと忙しない男に戻ってしまったと思いながら今の状況で文句を言えるはずもなく、いまだに残っているキスの感覚を忘れようと目を瞑る。
結局暫くして戻って来た愛空が布団に潜り込んできて、ベッドの攻防戦に疲れて諦める。
寝る前に乱れた息を軽く整えて、寝やすい体勢を取れば当たり前のように後ろから愛空の腕が回って来て抱き寄せられる。
それだけでどきりとして身体が強張り愛空に笑われる。
「流石に何もしないって」
「っ、暑苦しいんだよ」
「俺はちょうど良いけど?…ほら、もう寝るぞ」
くつくつと笑いながら身体を寄せてくる愛空の体温を感じながら落ち着かない中で部屋の電気が切られ後ろに陣取った男が静かになる。
背中越しに感じる愛空の鼓動が自分と同じくらい強くて速いことに気付いてしまえば、大人しく抱きしめられてやるしか無くなる。
end.