お題
(梅雨とメイド)
未来捏造
同棲済み
蒸し暑い…むり…
梅雨のジメジメする暑さに茹ってソファーに横になりながらゲームのログインをしていればクイックルワイパーを掛ける馬狼がリビングを行ったり来たりする。
タンクトップに短パンで、下ろした髪の毛を後ろに結んでる姿はなかなか見ない格好で、ちょっとだけムラッとする。
朝から掃除を始めた馬狼に構ってよと言うにも押し倒すにもこの暑さに参った身体では動く気にすらなれず、ぼんやりと馬狼の動きを眺めていれば机に置かれていた携帯の画面がパッと明るくなる。
今朝から続くそれに目を向ければ、初期設定のままの画面にメッセージが届いたと表示されていてメッセージの内容までもが浮かび上がる。
送られてくるのは同じような文面で、"誕生日おめでとう"
ああ、今日誕生日なんだ。と茹る頭で知ってから、俺は知らなかったのに、と勝手に苛ついて、知ろうとしなかった俺を嘲笑うように携帯には馬狼を祝う言葉が沢山届く。
ポップアップしてくる送り主の名前は知った名前ばかりでそれもまたなんだか面白くない。
教えてくれても良かったのに…なんて過去のチームメイト達に思いながら、馬狼の携帯を手に取って画面を下へと伏せて置き直す。
バレてないかなと馬狼の様子を盗み見れば、キッチンに篭っていて丁度いいやとソファに寝転んだまま馬狼の名前を呼ぶ。
「メイドバロウ〜、喉乾いたぁ」
「?そンぐらい自分でやれ」
「だって馬狼キッチンいるじゃん、ついでぐらい良いでしょ?ケチくさいなぁ…」
「チッ」
リビングに聞こえてくる程の舌打ちにも慣れた。
ソファの生地が俺の体温で温まってしまって冷たいところが見当たらないから仕方なく身体を起こしてキッチンに足を向ける。
キッチンにいた馬狼は紅茶を淹れていて、流石に暑いのか氷がカラカラとグラスの中に浮いていて、乾いた喉に流し込みたくなる。
近寄ってきた俺を少し怪訝そうに見てくる馬狼の背後に張り付いて、惜し気もなく晒される頸に唇を当てればびくりと肩が跳ねて、直ぐに静止の声と肘が俺に向かってくる。
「ぐッ」
「おいコラッ、暑いだろうがっ!近寄ってくんじゃねぇ!」
「ねぇ…俺もそれ飲みたい」
横腹にヒットした馬狼からの攻撃に確実に残り少ないHPを削られて、回復を求めて置いてあるコップに手を伸ばそうとして今度は手の甲を叩かれる。
「…なんでそんな意地悪すんの」
「意地悪じゃねぇ、これは俺のなんだよ。テメェのは自分で淹れろ」
「やだ…馬狼の淹れたやつが飲みたい」
「……はぁ、クソが」
じんっと痛みを訴える手を何度か振りながら首筋に顔を寄せて逃げようとする馬狼の身体を、淹れてくれるまで逃さないと腕を回して拘束する。
そうすれば馬狼が息を呑んで、たっぷり間を開けて溜息を吐き、俺の我儘に付き合ってくれるのか新しくコップを準備して氷を入れ始める。
カラカラと音が立つだけでちょっと涼しくて呼吸がしやすくなったように感じる。
ふと、馬狼が手に持ったティーバックに見覚えが無くて見るだけで高そうだとわかるそれに手を伸ばす。
「これ初めてみる」
「ああ、貰った」
誰に、なんて言葉が口から出そうになって慌てて口を噤み、指に伝わってくる高そうなパッケージの感触を何度も確かめながら丁寧に淹れられる紅茶を眺める。
面白くない…
「ふーん」
「おら、出来たぞ、向こう行ってろ」
淹れたての冷たい紅茶を持って言われた通りにダイニングテーブルに座って馬狼を待っていれば、手にプリンを2つ持っていて、1つが目の前に置かれる。
「プリンじゃん」
「食うだろ」
当たり前のように用意してくれたそれが嬉しくてうんと頷けば馬狼も椅子に座ってその表情がちょっと嬉しそうに見える。
「今日なんか予定ないの?」
「あ?んでだよ」
添えられていたスプーンで柔らかそうなプリンを突けば、すかさず遊ぶなと怒られてしまって仕方なく揺れるプリンを掬い取る。
つるりとして冷たい食感がして同時に甘さが広がるのを感じながらちらりと馬狼を見て聞けば、プリンを口に含んで美味そうに眉を垂らして味わう馬狼が首を傾げる。
「だってキング、誕生日なんでしょ?」
俺の言葉に驚いたように目が見開かれて、なんで知ってるんだと言わんばかりの表情にちょっとだけむっとする。確かに知らなかったけど、改めて驚かれると傷つくんですけど。
「あー…今日はなんもねぇよ」
「なんで?」
「……テメェがいるだろ」
馬狼の言葉に呆気に取られて、は…っ、と息が抜けるように口から声が漏れる。
いっぱい届くメッセージよりも俺を見てくれてるんだと思うと胸の辺りが擽ったくて、じんわりと温かい。
俺の反応を見て照れ隠しなのか尖った唇が居心地悪そうにむにむにと動き、俺を見据えていた紅い瞳がプリンに移る。
気づいた時には立ち上がっていて、馬狼の顔を片手で掴んでいた。ちょっとだけ膨らんだ頬が指先に食い込んで驚いて丸まった瞳に俺がしっかりと映り込んでる事を確認する。
「誕生日、おめでと馬狼」
ぱちぱちと何度か瞬きした馬狼の米神に青筋が立ち始めるのが見えて、怒鳴られる前にパッと手を離す。
俺に向けられている馬狼の瞳の色を見ると何故だかホッとして何か言われる前に、メッセージ来てたよ。と教えてあげれば、後で返す。とだけ言って別に興味なさそうに、目の前のプリンを楽しみ始める。
「俺のもあげる」
「はぁ?食いかけじゃねぇか、いらねぇ、食え」
美味しそうに食べる馬狼に目の前にある皿をスッと差し出せば眉を顰めて素気無く断られる。
俺なりの優しさをあっさりと切り捨てた男に上手くいかないなと内心で唸る。
誕生日と言ったらプレゼントでしょ…。
生憎何もなくて、馬狼が喜ぶだろうプリンは今しがた断られたばっかりだ。
「俺何にも持ってないんだけど」
「いらねぇよ、強いて言うなら今日ぐらい散らかすな。」
「ん…分かった。」
結局その後はいつも通りに時間が過ぎていって、俺は忘れないように携帯のカレンダーに馬狼の誕生日を登録した。
一つだけの予定が入った画面を指で撫でて、言い表せない感情に口元が緩む。
それから寝る前にもう一度、ちゃんと目を見ておめでとうと伝えれば理不尽に枕を投げ付けられて、馬狼は背中を向けて布団に潜ってしまう。
けれど隠しきれてない赤くなった耳先は髪の毛の間から見えていて、抱きしめたくなって背後から馬狼の身体を抱き込む。
「ッ、おぃ、クサオ」
「俺から安眠のプレゼント」
「ざけんな、いらねぇ!」
「そんなこと言わずに受け取ってよキング」
直ぐにバタバタと暴れ始めた馬狼を抱き締めながら、暫く攻防を繰り返して、2人して肩を弾ませながら目を瞑る。
来年こそはギャフンと言わせてやる。
END