お題
(インタビュー、イメージカラー)
プロ軸
テレビの中から割れんばかりの歓声と熱量が伝えられ、世界ランクが一つも二つも上のチームに勝利した瞬間の感動と握り締めていた手の痛みを感じて、どくどくと興奮して跳ね上がる心臓に息苦しさを感じる。
過呼吸になりそうな危うさを感じながら、いつの間にか立ち上がっていた事に気付いて力が抜いてソファにどすりと腰掛ける。
短距離を全力疾走した後のような切れた息を整えながら、大画面の液晶テレビと一緒に準備したタフパットに目を向ければ同じように興奮しているだろうコメントがずらずらと流れていく。
守備一辺倒だった日本が青い監獄上がりの選手の起点から一転、猛攻を始めた時には手に汗握ってボールを必死に追い、見る見るうちに敵陣へと運ばれるそれにハラハラとした。
残り時間から考えてここで点を入れなければ同点。
それでも凄いことだし拍手ものだけれど、やはり勝ちが欲しい。そう思っているのはきっと今日この試合を見ている人たちの全意見だと思った。
熱の入った実況者の声に煽られて、ゴール前でボールが渡ったのは凪誠士郎。
ボールが吸い付くように鮮やかなトラップをしてみせたその人は、フェイントを交えてディフェンスを1人抜き、つま先でふわりと上げたボールはもう1人のディフェンスの頭を弧を描いて通り越す。
必死に食い下がってくる敵とは違って何処となく無気力さの感じる足捌きは不思議なほど軽やかで、最後の門番までも翻弄してそのままゴールにボールを蹴り込む。
ゴールまでのトラップ、そしてゴールが決まってからの歓声とチームが凪に駆け寄る光景。
それがずっと頭の中で繰り返されながら余韻に浸っていれば、インタビューの準備が出来たのか設置されたボードの前に凪が現れる。
「お疲れ様でした凪選手!素晴らしいゴールでした!」
「あざーす」
「最後のゴールはどうでしたか?」
「めちゃくちゃ気持ち良かった」
青い監獄時代からの緩い感じはずっと変わらない。
それでも本当に気持ち良さそうな表情にこっちまで嬉しくなる。
"マジですげぇ""流石天才"なんてありきたりな賞賛がコメントに流れるたびに分かるーなんて思いながら頷いて、緩くなったビールを喉に流し込む。
すごく興奮しているインタビュアーとなんだか緩い凪との掛け合いはちょっと笑えて、試合後の興奮が少しずつ落ち着いてくる。
「そういえば凪選手がヘアバンドするの初めてみました」
「あー…切るの面倒くさくて」
話は試合の内容から少しそれてはいるけれど、選手の新たな一面なんてのを知ることが出来るのでインタビュアーに拍手する。
ちょいちょいと前髪を弄っている凪はそろそろインタビュー終わらないかななんて思っているかもしれない。
"凪が赤色珍しい""求む特定班""凪って黒とか白のイメージ"なんてコメントがずらずらと羅列されていき、このコメントにも大きく頷く。
確かに、普段から白とか黒い服を着ているイメージだし珍しい。
イメージカラーだって確か黒だった気がする。
"あの赤いヘアバン、馬狼照英モデルだって"
「はぁ?!」
思わず声が出て、コメントに齧り付くよう前のめりになる。
"マジか!""特定班仕事早っ""…馬狼照英モデル"
"馬狼照英モデル""馬狼照英モデル"
コメント欄も荒ぶっていて次々と同じ言葉がコメントされていくのを横目にもう一度テレビの中の凪を見れば、インタビューに飽きたのかヘアバンドをとって手の中で遊んでいる。
「最後に何か一言お願いします!」
「王様貸してくれてありがとー」
ひぇ…。もう声も出ない。
以前から2人の仲は悪いも良いも噂されていて、ファンの間で静かに見守ろうという流れではあったけれど、まさか進展した?!
それはおめでたすぎるし、周りの反応なんて気にしない凪の行動に今頃怒ってる馬狼がいそうで想像するだけで和む。
濃厚な試合の後の衝撃的なインタビューに疲れた身体は力が抜けてソファの背もたれに体を預ける。
"勝手に使ってんじゃねぇ"
「えー、だって髪の毛邪魔だったんだもん」
"さっさと切らねぇからだろうが"
「お前に切って欲しい」
"はぁ…リーグ終わるまではそっちに行かねぇって言ってるだろ、いつまで伸ばす気だ馬鹿"
何処からか今回の試合を観ていただろう馬狼から電話が掛かってきたのは、試合が終わって帰宅してからだった。
電話越しの第一声が不機嫌そうなものでいつも通りだななんて思いながら、最近伸びて視界に入り込むようになった前髪を弄る。
勝手にイタリアのチームと契約して行ってくるなんて言って飛行機に乗ってしまった馬狼は、全然電話してくれない。
会えないし、声も聞けない期間が長くて、少しの八つ当たりと気紛れに置いてあったヘアバンドを使ってみたけれど、当たりだったらしい。
ぶちぶちと小言を言ってくる馬狼の声に耳を傾けながら、久し振りのそれを堪能する。
「ばろー」
"?"
「…早く帰ってきてよ」
"………"
「じゃないと俺、さらさらロングヘアーになっちゃう」
"どうせめんどくさがってケアしねぇだろ"
「うん…」
ぽつぽつと言葉を溢して、沈黙が長くなるたびに電話が終わってしまいそうで何か話さないとと言葉を探す。
喋るのも面倒くさい、1人の方が楽だと思っていたのに馬狼と過ごす様になって静かすぎる家がなんだか落ち着かなくて寂しさを感じるようになった。
掃除する音とか料理作る音とか匂いとか、日常的にあったものが無くなって久しくて、そろそろイタリア行きの飛行機を手配しそうだ。
"…大人しく待っとけよ"
「うん、ちゃんと掃除してるよ、汚くしてない」
"はっ、やれば出来るじゃねぇか。帰ったらちゃんと褒めてやるよ"
待っとけよ、なんて言われてしまえば家を空けるわけには行かなくなる。
電話越しに聞こえる馬狼の笑った声を拾い上げようと気付けば強く携帯を耳に当てていて、もう少しだけとなんて事ない日常の話をぽつぽつ話して、電話を切る。
当面の間は借りることになるだろうヘアバンドを忘れないようにバッグに押し込む。
end.