祈り、はたまたセクシャリティ問答 二階堂千鶴はヘテロセクシャルである。
というのは、本人による暫定的な自認である。
「千鶴さん、そのくせ、私のことすきですよね」
ソファにはしたなく横たわる朋花がにまにまとそう言うので、千鶴はお黙りなさいとぴしゃり。朋花は、怖い怖い、なんて思ってもいなさそうに笑いながら、長い髪をふわりと解いた。そのゆっくりした、しかしどこか色気のある仕草に千鶴は一瞬見入ってしまったが、いけないと思い直し首をぶんぶん横に振る。
「確かにあなたのことはすきですわよ、朋花……けれどそれはその、なんというか、あくまで友人としてというか……」
「ふぅん、そうですか」
朋花はくるくると後れ毛を弄りながら言うが、その声色に納得の色は無い。
「でも、私がそばにいるとどきどきするんですよね?」
事実だった。朋花が隣にいるとどきどき鼓動が高鳴る。くつくつ体温が高くなる。それがなんのせいなのか、思い切って朋花に相談したところ
「恋ですよ」
と言われた。そんな、まさか!
「千鶴さんはご自身のことをヘテロセクシャルだと言いますが、別にそうと決まってはいないじゃないですか。そもそも千鶴さん、男性をすきになったことあるんですか?」
「……人並みには、ある気がしますが」
「それは、相手が男性だからすきだったんですか?」
……これまでに「すき」という感情を抱いた(気がする)男性は、別に性別を理由にすきになったわけではない、と思う。けれど、すきになった(気がする)のが例外なく男性だったので、ヘテロセクシャル……異性愛者のこと、朋花が教えてくれた……であったとしてもなんの不思議も無い。
朋花にこの正体不明の気持ちを抱くまでは。
「だから、千鶴さん、別に名前をつける必要はないですけど……強いて言うならパンセクシャル、パンロマンティック、そのあたりですよ、きっと。恋をするのに性別は関係無い。その方がずっと、千鶴さんの話を聞いていてしっくりします」
「……ですけれど」
そんなこと、許されるのだろうか? 千鶴だって将来は男性と結婚して、子どもを産んで、家庭を築くものだと思っていた。なのに、恋をするのに性別は関係無い、つまり男性以外……現在の社会では結婚できない性別をすきになるなんて、そんなこと、して良いのだろうか?
「誰に許可を取って生きてるんですか? 誰かをすきになる気持ちに、許しはいりませんよ」
「それはそう……ですが」
「今はただ声を上げて、選挙に行き、祈るしかありませんけれどね。肩身が狭いですから、セクシャルマイノリティは……」
「祈るだなんて……祈って叶った試しがありまして?」
「他人の愛を否定するおかしなご時世ですから、なかなかわかりませんね」
朋花の方がずっと大人だ。彼女は、選挙にもまだ行けないというのに。
「……とにかく、わたくしのこの気持ちが恋かどうか、それはまだわかりませんわ」
「そうですね」
朋花は起き上がってにっこり笑う。
「私には、いつでもそのお気持ちに応える準備がありますからね」
「……つまり?」