「あっ」
手の甲にべっとりと広がったクリーム。乾燥対策にとハンドクリームを塗ろうとしたのだが、勢い余って出しすぎてしまった。
(困りましたね……ティッシュ……はちょうど使い切ってしまいましたし……)
手がべとべとになるのも嫌で、どうしようかと唸っていると。
視界の端に、スマートフォンの画面を見ている同居人が居た。
「オジュウさん。ハンドクリーム、貰ってくれませんか?少し出しすぎちゃって」
「ん」
片手でスマホを持っているオジュウさんは、レース映像を見ながら手だけをこちらに差し出してくる。
人差し指で自分の手の甲に付いたクリームを半分とって、自分より細いその手にちょこんと乗せた。
「……手、かさついてるじゃないですか。綺麗な肌なのに勿体ない」
「別に……レースに支障ねえし」
そのままクリームを塗り広げていく。指の一本一本に、割れ物を扱うかのように丁寧に塗りこんだ。
手のひらに残りのクリームを乗せ、優しく全体に広げる。塗り残しがないように、骨に沿って指を滑らせた。
「これでよし、と。ありがとうございます、オジュウさん」
途中からだんまりとしてしまったことを不思議に思いながらも顔を上げると、その顔はほんのりと赤らんでいて。
「もしかして」
「違うからな」
「まだ何も言ってませんよ。……こうして手を触れ合うのも、そういった行為に含まれることがあるみたいですね。ご存知ですか?」
「知らねえ」
引っ込めようとする左手に指を絡めると、びくりとその身体が跳ねた。もう片方の手からスマホが滑り落ち、ソファーに沈む。
私を跳ね除けようとする右手首を押さえつけて、口付けをしながらソファーに押し倒した。
「はッ、おい、何真っ昼間から盛ってんだよ……!」
「先にその気になったのはそっちでしょう?」
「それはお前があんな触り方してくるからで____ッあ」
「私は普通にハンドクリームを塗っていただけですよ」
片手で指を絡み合わせながら、首筋、鎖骨へと唇を這わせていく。
姿勢を低くする際に、先程ソファーに埋まったスマホからの音声が微かに耳に入った。
『前・王者か!現・王者か!!』
実況の声に思わず口角が上がった。随分と懐かしいレースを見ていたらしい。
笑った際の吐息がくすぐったいのか、僅かに目の前の身体が捩られた。
「今日の勝者は、前・王者って所でしょうか」
はぁ?と頭上から降って来た疑問の声が、嬌声に変わるまであと少し。