ふと、僕は一寸先もよく見えない暗闇の中に佇んでいることに気が付く。なんだかそれがとても息苦しく感じて。とにかくここから抜け出したくて、闇雲に走る。
どれくらい走っただろう。脚が段々と重くなってきて歩を緩めかけたところで、目線の先に小さな光を見つける。僕はそれに向かってまた駆け出した。近付けば近付くほど、その光は眩さを増して、僕は目を細める。と、光の中に逆光となった人影を捉えた。
「司くん!」
僕の立つ遥か向こう。影になって見えづらいが、毛先にかけてオレンジがかった金髪の青年。見紛う筈もない。僕がこの世で一番愛している人、司くんだ。
声が届くよう、腹から声を出して呼びかける。
彼は僕の声が聞こえたのかこちらへと顔を向ける。いくつになっても、少しあどけなさの残る少年のようなその顔が、悪戯に、にっと笑った気がした。
すると、彼はこちらに背を向け、光の方へ歩き出す。
もう手が届かない。消えていってしまう。
なぜかそんな気がして、僕は必死に呼びかけ、手を伸ばした。
「待って、司くん!!」
僕の声が聞こえていないのか、彼はずんずんと光の中へと進む。
追いかけても追いかけても、距離は縮まらなくて。司くんは光の中へと消えていく。
「行かないで、司くん──」
「……は」
目が覚める。少し滲んだ視界。薄暗い見慣れた天井。
はっとして、横を見ると、丸っこい金色の頭がすうすうと穏やかな寝息を立てている。
僕は深く息を吐いた。
また、この夢……。
何度も何度も見る悪夢。決まって司くんは光の中へと消えていって、そこで目が覚める。
僕は鼻を啜りながら、僕より一回り小さい、だが、筋肉質な身体を抱き込んで、頼り甲斐のあるその背中に顔を埋める。
「……どうした。また怖い夢でも見たか」
気付けば、寝息は聞こえなくなっていて、代わりに柔らかな声が僕を包み込む。
僕は答える代わりに、司くんの背中へ顔を擦り付けた。
「おい……服が汚れるだろう、全く……。ほら、一旦手を離せ」
僕は素直にそれに従う。司くんはくるりとこちらに寝返ると、僕を抱きしめ、頭を優しく撫でてくれた。
「また例の夢か……? オレはずっと離れないと何度も言っているだろう……」
司くんは少し眠たそうな掠れた声でそう言うと、そっと僕の唇に口付けた。寝起きだからか、いつも手入れがされていてぷるぷるの司くんの唇は、少しかさついている。
「オレは、ここにいるからな……」
言い終えると同時に、司くんは目を閉じ、しばらくしてまた規則正しい寝息を立て始めた。
僕は、すんと鼻をならし、司くんの胸に顔を埋める。
あたたかい……。司くんが、いる……。
安心とともに眠気がやってくる。その微睡みに身を任せ、僕はまた眠りについた。