高諸03 尊奈門は諦めの悪い男である。
それは彼の大きな美点の一つであり、大きな欠点でもあった。
ただ今回は、その強情さが発揮されていない。尊奈門は不思議に思った。
高坂に気付かれないよう、迷惑はかけないようにする。それは決意したが、自分の感情についての決断ができない。彼を諦めようとは思えず、といって絶対に諦めないとも思えない。
尊奈門は二つ心の間で悩んでいた。
数日続いた任務からようやく戻った尊奈門は、最初、周りの空気が微妙に変化している事に気付かなかった。
尊奈門が誰かに振られたという噂が流れてからこちら、一部の者たちから「相手は誰だ?」と好奇心の目を向けられていた。それが、急になくなった。
それに気付いた尊奈門は、ようやく周りも飽きたのかと安堵した。
良かった良かったと単純に思いながら、尊奈門は任務の報告のため山本の部屋へ向かう。本来ならば雑渡へ報告するのだが、雑渡も別の任務で不在だからだ。
報告を済ませた尊奈門は、山本から、
「これから時間はあるか」
と尋ねられた。
「はい」
「では少し話がある」
そこで改めて、尊奈門が誰かに振られた、という噂について尋ねられた。
尊奈門は相手の名前、つまり高坂の名以外は、すべてを話した。
「何だ、そういうことか」
話を聞いた山本は、納得した様子で頷く。山本は相手の名を聞いて来なかったから、ほっとする。誰にも言わない決意こそしているが、山本に上手く問われれば、隠し通す自信はない。
「間が悪いというか……災難だったな」
「いえ。私が迂闊だっただけです」
「周りに何か言われているか?」
「たまに、慰めてくれる方はいます。あと……相手を聞いてくる方も、おります」
高坂の顔を思い浮かべる。あの時の高坂は、怖い顔をしていた。単純に怒っているとも少し違うように見えたが、何がどう違うのか、尊奈門にはわからなかった。
「好奇心の連中は無視しておけ」
「はい」
頷く尊奈門に、山本が笑みを浮かべる。
「だいぶ冷静になったようだな。土井半助の所へ行くと言い出した時には、驚いたぞ」
「な、何故それをご存知なのですか!?」
「知っているに決まっているだろう」
「あっ! 高坂さんが報告したんですね!」
山本は笑っただけで、答えなかった。
尊奈門は小さくなる。
あの時、高坂から噂について聞いた後、混乱した尊奈門は土井の元へ走った。尊奈門から一通り事情(もちろん相手の名は伏せた)を聞いた土井は、
「それ私は何も関係ないよね!?」
と叫ぶように言った。
確かにそうだ。
そこで急に、尊奈門は冷静さを取り戻した。頭に血が昇っていたと。
どうしてかと考えれば、噂を尊奈門に教えたのが、他ならぬ高坂だったからだ。好きな本人におかしな話を聞かれされて、思考がおかしくなっていた。
「確かに、おまえは関係ないな……」
尊奈門は肩を落とした。土井が、
「え? 急にどうした? 大丈夫?」
と言う程だったが、もう尊奈門の耳には入らない。挑戦する気にもなれず、そのまま帰って、ひとしきり落ち込んだ。あまり思い出したくない記憶だ。
一人で落ち込む尊奈門に、
「土井殿には詫びておいたぞ」
山本がさらりと、とんでもない事を言った。
「え?」
「先日、あの辺りに行く用事があったから、ついでに寄ってきた」
「えぇ!?」
山本が、ついでとはいえ、わざわざ土井の元へ詫びに行った。自分のせいで。尊奈門は、一気に青くなった。
「も、申し訳ありません!」
勢い良く頭を下げる尊奈門に、「それは土井殿にしておけ」と山本は苦笑した。尊奈門の耳には届いていない。
「うぅ……そもそも、どうしてこんな噂が広まるのですか……」
「おまえのそういう話は珍しいからな。まあ、誰もが通る道だ。あまり気に病むな」
誰もが通る道。
そう言われれば、そんな気もする。高坂のような目立つ存在は、騒がれやすい。が、そうでない者でも、恋人ができれば噂になって囃されたり揶揄われたり。程度の差はあれ、そんな様子は何度も見ていた。
「ところで、その噂の対応だが」
真面目な調子になった山本の声に、尊奈門が顔を上げる。
雑渡との噂に対応したのは、高坂のはずだ。だが、何をどうしたのかは、まだ尊奈門の耳に入っていない。何がどうなっていようと、文句を言う気はなかった。
高坂に、それに雑渡や山本にも、面倒や心配をかけた。それが、ただただ申し訳ない。
どうせ望みのない恋だ。そのせいで、周りの大事な人たちに迷惑をかける訳にはいかない。そんな殊勝な気持ちでいたのだ。
「おまえが突然聞かされたら驚くだろうから、先に言っておく」
「は、はい」
「おまえは、適当な相手に振られた事になっている」
「適当、ですか」
「むろん、組頭でも土井殿でもない。本当の相手は言わなくていい。流れるままにしておけ。おまえが反応しなければ、噂なんてすぐに消える」
納得のできる言葉であり、安心できる言葉だった。少しだけ、心が軽くなる。
「はい。でも、私は誰に振られたことになっているのですか?」
さすがにそこは気になった。相手にされた人に、申し訳ないとも思った。
山本は、答えをもったいぶることはしなかった。
「高坂だ」
「こ……ッ!?」
気が遠くなるのを感じながら、尊奈門はようやく周囲の反応が変わった理由に気付いた。
その後の事は、もうよく覚えていない。気がつけば一日が終わっていた。
よくその場で倒れなかったものだ。後から思い出して、そう思った。それくらいの衝撃だった。
翌朝、尊奈門は恐る恐る出勤した。
よりにもよって、組頭と土井半助の次にダメな人と噂になってしまった。頭の中で、どうしよう、という言葉だけが回る。
しかし、どうしようもない。尊奈門が何か言う隙はなかった。
噂が駆けるのは早い。もう「尊奈門を振った相手は高坂」という話は広まりきっていて、例え尊奈門自身が否定しても、消せそうにない。
それに、これ以上違うと騒げば本当に相手がばれるぞ、と山本にも釘を刺されている。尊奈門の選択肢は、黙るしかなかった。
それでもどうにか噂の出所を調べたところ、誰かが「相手は高坂では?」と言った時、高坂は否定しなかったらしい。
高坂は何しろ見目が良い男だから、よくもてる。彼に振られた者など、男も女も数多くいる。
そこに尊奈門が追加されても、
「また高坂か〜」
「尊奈門は顔を合わせる機会が多いからな」
などと、軽く流されていく。何なら、尊奈門を慰める者までいた。
尊奈門は複雑だった。といって、否定もできない。間違っていない。実際に相手は高坂だ。
間違っていないからこそ、釈然としない。
本当に振られたのならば、噂になっても仕方ない。単なる事実である。だが、尊奈門は想いを伝えてさえいない。
自分の気持ちが嘘で隠されてしまったようで、坐りが悪い。
けれど文句は言えなかった。
高坂は、自分を庇ってくれたのだ。本当の相手を言いたくない、という尊奈門の気持ちを汲んでくれたのだろう。相手が本当に自分であるとは思わず。
尊奈門は諦めの悪い男だ。
だが、理解もしている。諦めの悪さは、己に対して発揮すべきものだ。
人の心は変えられない。
変える方法などわからない。
任務ならば、手立てはある。対面する者の感情を変える術。だが尊奈門はそれらの術は苦手であったし、ましてや手の内をすべて知っている高坂に効くとは思えない。
高坂に好かれるために何をすればいいかなど、尊奈門は分からない。
それは、とっくの昔に諦めた事だった。
噂の弊害は、すぐに目に見える形となった。
尊奈門と高坂の会う機会が、格段に減ったのだ。
高坂が避けている訳ではない。もちろん、尊奈門がそうしているのでもない。
周りが、勝手に気を回しているのだ。振られたばかりの相手と仕事で接するのは辛いだろう、と。
「余計な事はするな」
高坂はそう言ったし、尊奈門も、
「大丈夫ですから、普段通りにして下さい」
と言った。しかし、聞き入れてもらえない。
その結果、連絡が不便になった。
邪魔されているとはいえ、同じように雑渡に仕えているのだから、いくらでも顔は合わせる。ただ、周りの空気がうるさい。
おかげて、二人は詰所の空き部屋でこそこそと話すハメになった。
「すみません……まさか、こんな事になるとは……」
尊奈門が謝ると、高坂も困ったように眉を下げた。
「予想外だったな」
「せめて仕事の時は放っておいて下さいと言ったのですが」
何よりも困るのは、これが二人だけの話では済まない事だ。今の所、仕事に支障は出さないようにできているが、これが続いたら分からない。
周囲が好意でやってくれているのは分かるが、尊奈門にしてみれば、本当に大きなお世話だった。高坂を見て辛くなる時がないとは言わないが、それよりも、今まで通り近くにいたい気持ちの方が大きい。
片恋だけれど、だからこそ、側にいられる時間を大事にしたい。高坂を見て、こっそり想っていられれば良い。そんな事さえ思っていたのに。
こんな妙な状況が続けば、高坂と尊奈門を組ませる事はできないと判断されるかもしれない。それは嫌だ。
「どうしたらいいんでしょう……」
困り果てた尊奈門の言葉に、高坂も唸るだけで、うまい案は出てこない様子だ。
「そこの二人」
気配もなく呼ばれて、考え込んでいた二人は驚いて振り返る。そこには、山本がいた。
「組頭がお呼びだ」
「えっ……!?」
雑渡に呼ばれる。いつもの事だ。しかし、内容はいつもの事ではないだろう。
おそらく、今二人が悩んでいた、まさにその件だろうと、予想はついた。
揃って青くなる尊奈門と高坂を見て、山本は「心配するな」と言う。
「組頭は叱るために呼んだ訳ではない。気楽に行け」
当然、気楽になどなれなかった。
急いで雑渡の元へ向かった高坂と尊奈門は、雑渡の前で正座するなり同時に頭を下げ、声を揃えて言った。
「申し訳ありません!」
雑渡はやや間を置いて、
「まだ何も言ってないんだが」
と返す。その声音に怒りはない。どちらかといえば、呆れている様子だった。
「だがまあ、おまえたちを呼んだのは、確かに噂の件だ」
「はい」
「重ね重ねご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
噂を流した高坂も、そもそもの元凶である尊奈門も、しょんぼりしている。
「困った話だ」
その通りだった。
自分たちの事ならば良いとして、雑渡に不便をかけるのは、二人にとって何よりも不本意な事だ。
しかし、雑渡は責めるような事は言わなかった。
「今回はおまえたちよりも、周りが良くない。忍者が噂話に振り回されるようでは問題だ。こちらで対処する」
雑渡の声には、確かに怒りはない。しかし、不便をかけているのは確かだ。そもそも自分の不用意から出た話なのに、尊奈門は何も対処ができなかった。不甲斐なさに、尊奈門は唇を噛む。
「尊奈門。不満があるのか?」
雑渡の声に、慌てて顔を上げる。
「いえ、不満などありません! しかし、こうもご迷惑をおかけするとは思わず……申し訳なく……」
珍しく歯切れが悪い尊奈門に、雑渡は小さく笑った。
「私の事は気にしないでいい」
「でも、高坂さんにもご迷惑をおかけしています……」
「そうなのか、陣左?」
雑渡が高坂に話を振る。
この状況では答えにくいだろうなと、尊奈門も思う。案の定、高坂は、
「承知の上で流した噂なので、私は何も思いません」
冷静に答える。雑渡は目を細めて、
「だそうだ。気に病むな」
と尊奈門に言った。
「は、はい」
尊奈門も、そう頷くしかない。
雑渡は人の悪い笑みを浮かべて、尊奈門に向かって言葉をかけた。
「それに陣左は今、誤解されて困る人もいないからな。気にしなくても良い」
悪戯っぽい声に、うっすらと漂っていた気まずい空気が、吹き飛ぶ。
「く、組頭!」
高坂が焦った声を上げ、少し腰を浮かせる。そうなのか。誤解されて困るような人は、好きな人は、今の高坂にはいないのか。
こんな時なのに、尊奈門は安心してしまった。
「おい。笑うな」
横から鋭く言われて、気持ちが顔に出ていたことに気付き、慌てて表情を元に戻す。
「わ、笑ってなどいません」
いつもならもう少し怒られる所だが、雑渡の前だから、高坂はそれ以上言わない。
「もう一度言うが、おまえたちが気にする必要はない。それでも、このような事態になった事は忘れず、次は気をつけるように」
「はっ」
頭を下げながらも、「次?」と尊奈門は思う。少し考えて、また噂にならないように、という事かと納得した。
「特に陣左。尊奈門がこの調子なのだから、おまえがリードせねばな」
「は、いや、その……」
高坂は何やら動揺して、答えを濁す。いつも雑渡の言葉には即答で応えるのに、珍しい事だ。
雑渡は薄く笑い、今度は尊奈門を見る。
「尊奈門は、今回の事がいい経験になったろう。誰がどのような反応をしたか、覚えておけ」
「はい」
尊奈門が頷くと、雑渡は悪戯っぽい目をして、軽い調子で尋ねた。
「誰が一番意外な反応をした?」
「えっ、ええと……」
そう言われても困る。様々な人が、様々な反応をした。根が真面目な尊奈門は、雑渡の問いを流す事なく、真面目に考える。
そして、答えた。
「高坂さんが意外と優しかったです」
隣の高坂が、あからさまに嫌な顔をする。雑渡は二人を見て、
「そうか」
と楽しそうに笑った。
話は、それで終わった。
雑渡の前から下がり、再び元の部屋に戻る。尊奈門と高坂は力が抜けたかのように座り込み、大きく息を吐いた。
「組頭の手を煩わせてしまうとは……」
高坂の呟きが聞こえた。尊奈門も同感だが、自分が頷いて良いものかと思う。
雑渡には本当に申し訳ない。
だが、先ほどの話で、尊奈門の心は少し軽くなっていた。雑渡から気にするなと慰められた事もある。だが何よりも、高坂に相手がいないと知った事が大きい。
いくら片思いとはいえ、もし高坂に恋人や好きな人がいたら、それこそ大迷惑をかける所だった。
そして、ひとつ疑問も解けた。
何でまた、高坂は自分だなどという事にしたのか。尊奈門はずっとそれを考えていた。
高坂には今、誤解されて困る相手がいないのだ。だから平気なのだ。
「何だ」
問われて、尊奈門は無意識に高坂を見ていたと気付く。
「あ、いやその……」
急に目線を向けられた尊奈門は、混乱した。そして、つい、口にしてしまった。
「高坂さん、本当に今は好きな人がいないのですか?」
問われた高坂は、驚いて尊奈門を見る。まずい事を言ったなと思ったが、もう仕方ない。
「……どうしてそれを聞く」
問い返す高坂の声は、普段よりも数段低い。怒っている訳ではなさそうだが、それだけに怖い。
「ええと……いつも、高坂さんが誰かと付き合い始めると、他の人の噂が消えたので……」
「人を火消しに使おうとするな」
睨み付けると、尊奈門は小さく「すみません」と呟いた。
実際、高坂が主体の噂が流れれば、尊奈門の噂など消し飛ぶだろう。噂がこうも長引くのは、尊奈門について色恋の噂が流れるのが初めてだからというのもある。が、一番は、他に話の種がないのだ。
「……こんな風に噂になるというのは、落ち着かないです」
「そうだろうな」
忍軍に入る前も、入った後も、尊奈門の噂は色々と流れていた。良くも悪くも。尊奈門は噂など耳に入れないように、気にしないようにしていた。昔も今も。
それらと同じように無視すれば良いはずなのに、今回は上手くできない。
「高坂さんは、いつも大変だったのですね」
「やっとわかったか」
苦く笑う高坂に、
「はい。すみません」
と頭を下げる。
「おまえが謝る必要はない。私の噂が流れでも、おまえが一度も首を突っ込まなかったのは知っている」
「そうなんですか?」
「ああ。……だから、皆、ああも簡単に信じた。相手が私だとな」
なるほど。
確かに尊奈門はずっと前から、高坂の色恋の噂が好きではなかった。一度も話に入らなかったし、意見を求められれば逃げた。
その理由を、「尊奈門が高坂が好きだから」だと思われたのか。
当たらずとも遠からずだ。
無意識の頃から、滲んでしまっているものだな。尊奈門は感心したし、少し怖くもなった。隠しても誰かに、高坂に、気づかれる時が来るのではないかと。
「それで、お前の方はどうなんだ」
考え込む尊奈門に、高坂が尋ねる。何の話か、尊奈門にはわからなかった。
「何の事です?」
「もう相手の事は思い切ったのか」
思いがけない言葉だった。
「あ、いえ……そんなに簡単に、忘れられないですよ」
「だが振られたのだから、忘れる必要があるだろう」
「忘れなければならないのですか?」
表に出さないようにとは思っても、忘れようとは考えなかった。不思議そうな尊奈門の言葉を、「当然だろう」
高坂はそう切り捨てる。
「何故ですか」
「振った相手に未練がましく想われるのは、迷惑だ」
言い切られた。さすがに、当人からの言葉は、胸に刺さる。だが、尊奈門は引き下がらなかった。
「そ、そうかもしれませんが、知られずこっそり想う位は良いではありませんか」
「良くない。そう言うやつは、欲を出す。そのうち文句を言い出す」
「文句って、何ですか」
「これだけ想っているのに冷たいだとか薄情だとか、相手を責め始める」
眉間の皺を深くして、苦い口調で吐き出す。その高坂の様子を見て、少し分かった。
「高坂さんの経験談ですか?」
「そうだ」
そうか。なら、高坂がそう思うのは仕方がない。だが。尊奈門は考える。
「……忘れる……」
できるだろうか。ただでさえ、四六時中顔を合わせる相手だというのに。ずっとずっと、無意識に育んできた気持ちが、そう簡単に消えてしまうのだろうか。
「……どうしたら忘れられますかね?」
思わず聞いてしまった。高坂は顔を顰めて、
「俺が知るか!」
と怒鳴る。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」
と言う同時に、やっといつも通りの高坂だという安心が浮かぶ。
気持ちを消さねばならないのか、どうやったら消せるのか、尊奈門には分からない。放っておけば、擦り切れてなくなるのだろうか。
尊奈門は一度抱いた感情を、なかなか忘れない。一度抱えると、簡単には離せない。それは尊奈門の性質であり、簡単には変えられない。
恋にだけそれを適用する事は、果たしてできるのか。
悩みではあるが、今の尊奈門はあまり切実に考えられない。
今の尊奈門は、気分が浮かれていたからだ。
雑渡に迷惑をかけているという自責と、高坂との仲がおかしくなってしまわないかという心配。なくなった訳ではないが、だいぶ薄くなった。
こうやって高坂と話す事さえできなくなったら、どうしようかと思っていた。
「おい、何を笑っている」
嬉しさが顔に出ていたようで、高坂がまた尊奈門を睨む。
「わ、笑ってないです」
「嘘をつけ」
「本当ですよ!」
「いや、顔が緩んでいる。さっきと同じ顔だ。何が楽しい?」
「いや楽しくはないですよ!」
慌てて否定した尊奈門は、でも、と言葉を続ける。
「でも高坂さんが相談に乗ってくれるのは、うれしいです」
素直に口にする。高坂は怒りを挫かれた様子で、はぁ、とため息をついた。
「私も他人事ではないからな」
「そうですね。高坂さんまで噂に巻き込んでしまって」
「そこじゃない」
尊奈門は思わず言葉を飲み込み、高坂を見る。それくらい、鋭い声だった。
「え……じゃあ、何の話ですか?」
その問いに高坂が答えるまで、間があった。尊奈門は答えを待つ。高坂の表情が気になった。何かを躊躇い、言い淀んでいる。
「先程の話だがな」
「は、はい?」
どの話だろう、と尊奈門が考える。その答えが出る前に、高坂が続けた。
「組頭は嘘をつかれた」
「え……」
「お前のことではない。私の事だ。……私にも、いる」
「へ? 何がです?」
高坂は少しだけ間を置いて、小さく言った。
「好きな奴だ」
今度こそ本当に、尊奈門は倒れそうになった。