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    FBS21にお越しいただきありがとうございました!
    当日の無配です。

    #万至
    millionTo

    酷い男 side BANRI「好きだよ」
     そう言われて口付けられたとき、万里の世界は再び変わった。
     演劇に出会って自分を取り巻く世界が色付いていった一回目、あのときも至はさりげなくそばにいてくれた。旗揚げ公演が終わってそのことに気付いたとき、万里の中に初めて湧き起こる感情があった。それが恋だと気付くまでそう時間はかからなかった。
     当時から一生に一度の感情だと信じてはいたものの、思えば始めのうちは――おそらく至が感じていた通りに、幼い恋愛感情に毛が生えた程度のものだっただろう。至の反応が芳しくなくて、それも負けず嫌いに火をつけた気がする。ただ、至が自分を卑下するように「俺のことなんてずっと好きなはずない」と口にした時、幼い恋心に別の感情が芽生えた。それがなんなのか、その時の万里にはわからなかったが。
     根比べに勝って至と付き合うことができた日は嬉しかったものの、至が自分をそういう意味で好きだと思ってないことには気付いていた。でも手放したくはなかった。キスでもセックスでもゲームでも、至を繋ぎ止めていたくてなんでもした。
     至と過ごす時が長くなるごとに、気持ちは薄れるどころか愛おしさが募っていった。付き合って二年目の夏、自分の他に好きなやつができたのかと聞いてきた日のことはいまだによく覚えている。あの日からかもしれない。オフではだらしないゲーマーだけど締めるところは締めるかっこいい大人である至のことを、臆病でかわいい人だと思い始めたのは。
     いつからか、至も自分のことが好きなんじゃないかと思うようになった。
     だが付き合って五年、至から一度も好きだと言われたことがない。
     一緒にいると幸せそうにしてくれるのにふとした瞬間に思いつめたような表情をしていて、ある日突然自分の腕の中からいなくなってしまうのではないかと怯えた。それが来るとすれば自分の気持ちの重さに至が耐えられなくなったときだと思ったから、見返りは求めないことにした。バレンタインのお返しも、「好きだ」という言葉も、至がそばにいてくれさえすれば他に何一ついらない。だから同棲を申し込んだときは、本当に賭けだった。最悪の想像もした。それでも自分の人生の一番近くに至にいてほしかった。最後は泣き落とし土下座でも、果ては咲也に根回しすらもするつもりだったけど、あっさり了承されたときは天にも昇る心地だった。あんなに緊張したのは後にも先にもあれっきりだと思う。
     けれど一緒に住み始めたら、別の問題が生まれた。もしかしたら置き手紙の一つも残さず居なくなってるんじゃないか、そんな予感が消えなくなったのだ。
     仕事が終わって帰ってきて、家に至がいることに安堵する。劇団百花の全国公演のオファーを受けたのは、そのことがだんだん苦しくなってきた頃だった。
    『茅ヶ崎が寂しがってるよ』
     千景からそんなLIMEをもらったとき、また揶揄われてるのだろうと思った。
     けれどその翌日、他の春組三人からも仕事の労いに添えて自宅に戻るのはいつになるのかと聞かれた挙句、最後には真澄からも『あんた今どこ』なんてメッセージが届いたらいてもたってもいられなかった。長い付き合いの中で真澄から個別のメッセージをもらったことなんて、片手で数えるほどしかないのだ。
     甲に頭を下げて場当たりを一回スキップさせてもらって飛んで帰った家に、至はいなかった。
     恐れていた日がついに来たのかと思って足が震えて、どうして至を一人にしてしまったんだろうと後悔した。失うことをこわがっていたのは、自分だけではなかったのに。
     出てくれないかもしれないと思った電話口から至の声が聞こえてきたとき、安堵で床に座り込んだ。
     寮から息急き切って帰ってきてくれた恋人の姿抱きしめて、もう二度と離すまいと誓ったのだ。
     その後の至は翌朝出かけるまで雛鳥みたいに万里にくっついてきて、可愛すぎて参った。かと思えば玄関で「行きたくねーって思ったの初めてかも」と抱き締めたらけろりとした顔で
    「全公演無事にやり遂げて帰ってきたらご褒美やるから行っといで」
     なんて笑うのだからかなわないな、と思う。
     底なしの玉手箱みたいな至のことを、完全に理解できることはないのだろう。でもそれがいい。十代の頃は早く大人になって至の隣に肩を並べたかったけど、今は手のひらで転がされるのも悪くないなと感じている。
     百花の全国公演が終わって自宅に戻った万里を迎えてくれたのは手作りの不格好なカリフォルニアロールだった。お世辞でもなんでもなくて美味しかった。
    「カリフォルニアロールって、見た目インパクトあるじゃないすか。俺の母親、料理する人じゃなかったんすけど、ガキの頃テレビで見てこれ食べたいっつったことがあって。次の日誕生日で、手作りのカリフォルニアロール作ってくれたんすよ。それが美味くて好物になったんすけど」
     万里が急に子供のころのエピソードを話すのに、至は静かに耳を傾けた。
    「今日のはそのとき食った以来にうまいわ」
    「まあ、食材はいいやつだし」
     照れ隠しで尖らせた唇にかぶりつきたい衝動を抑えて、崩れかけたカリフォルニアロールを完食した。
     万里は今、外での活動は控えている。至は自分に遠慮する必要はないと言ったが、至のためだけというわけでもなかった。学生という身分が消えて芝居で食っていかなければならないと気負いすぎていたことに気付かされた。自分はなんのために芝居をするのか? どんな役者でありたいのか、どうして演劇じゃないと駄目なのか――満開公演前、一人ぼっちの舞台上で披露したポートレイトを思い出した。
     だから今は、この数年間外で得た経験をカンパニーに還元していこうと思っている。もちろんカンパニー以外の仕事をゼロにしたわけではないが、自分の中でちょうどいいバランスを模索中だ。
    「三月の第二月曜日って、万里何か予定ある?」
     最初にそう聞かれたのは、年が明けて割とすぐのことだった。万里の仕事は遠い先の未来まで早いうちに決まってしまうことが多い。カレンダーを見て「今んとこ泊まりの仕事とかは入ってないすね」と返すと至はふうんと頷いた。平日だから至も仕事だろうし一日空けておいてとは言われなかったが、それでもなんとなく気にはかかった。
     それ以降は話題に出されなかったが、前日の晩、寝る直前にベッドで至がそっと手を伸ばしてきた。
    「明日、仕事遅くなりそう?」
     至の左手が万里の右手の先を小さく掴む。
    「遅くなってもいいんだけど、当日中に帰ってきてほしい」
    「わーった。仕事は都内だし、夕方には終わる予定なんで飲みとか断ってすぐ帰ってくるんで」
    「いや、別に付き合いもあるだろうし飲んできてもいいって」
    「何軒も付き合わされて日付越えたくねーもん。終わったら真っ直ぐ帰る」
     至の体を抱き寄せて、頬に口づけを落とした。至はくすぐったそうに笑うと、うんと頷いた。
     役者という仕事には平日も土日も関係ない。カレンダーだってスケジュールを調整する時に見る記号でしかなかった。だから三月の第二月曜日がホワイトデーだったことに、当日になって気付いた。
     付き合い始めて以降、バレンタインデーには毎年何かしらの贈り物をしている万里だが、お返しをもらったことは一度もなかった。別に見返りを求めたいわけじゃないし、バレンタインデーは自分がやりたくてやっていることだからそれでいい。けれど心のどこかで本当に全く期待していなかったのかと言われると嘘になる。
     至が今日この日を指定したことに、意味はあるんだろうか。
    『至さんって、もう会社出ました?』
    『茅ヶ崎、今日は年休取ってるよ。聞いてない?』
     探りを入れようと帰り道で千景に送ったLIMEの返事を見て全身の血が沸騰する。
     いてもたってもいられなくなって、季節外れの雪が降る中傘もささずに家へとひた走った。
     鍵を開けて玄関へ飛び込む。濡れたアウターを急いで脱いでハンガーも使わずフードをコート掛けに引っ掛ける。帰宅の音が聞こえたのか、リビングから朝出かける時に見たままのパジャマ姿の至が出迎えにきてくれた。
    「おかえり」
    「ただいま」
     リラックスした格好とは裏腹に、至の表情は緊張で少し強張っているように見える。至のこんな表情は初めて見た。
    「万里。――実はさ、ホワイトデーのお返し、用意したんだよね」
     心臓が止まりそうに震えて、何も言葉が出てこない。
     至は、そんな万里の表情を見て少し眉を下げて微笑んだ。
     そして小さな白いジュエリーボックスを取り出す。
    「待たせてごめん。万里、」
     好きだよ、至がそう口にするよりはやく、その体を引き寄せた。腕の中に至がいる。自分のことを好きだと伝えてくれる、愛しい相手が。
    「好きだよ」
     至はもう一度、今度ははっきりと言葉にして、万里の濡れた頬に口づけを落とす。
     その時万里の世界は、また一段と明るく、輝きを増したのだ。
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