やめたらおわり 腕を、切っていた。
「燐音くん」
ざぐ、と肉を裂く音にも慣れていた。燐音の手にはカッターが握られていて、それは既に真っ赤だった。刃の先は燐音の反対の手首を滑って、つぅと遅れて血を滲ませては、痛みとなった。
「燐音くん」
また刃を走らせて、燐音の左手はぴりと揺れた。神経に達した気がしたが、さして気になりもしなかった。むしろ、このまま使い物にならなくなったら良いのかもな、と自嘲気味に思ったが、そうしたら果たしたいことが果たせなくなると思って、少しだけ我にかえる。
「燐音くん」
「聞こえてるよ、ニキ」
三度目の呼びかけに燐音は気だるそうに返事をする。燐音が向かっている机に腰掛けたニキは、悲しげに眉を下げた。それは先日死んだニキの姿をしていて、ニキが死んだことにより精神を病んだ燐音の幻覚と言っても差し支えなかった。
船で宇宙を漂い続けている燐音は、自分の幻覚と話をして、自分の幻覚に自傷行為を宥められる生活をしていた。
「無視しないでくださいよ」
「俺の勝手だろ」
「燐音くん」
四度目の呼び声は少し怒っているようにも、泣き出しそうにも聞こえた。しかしニキはそのどちらもしなかった。ただ、燐音を見守っていた。そして
「燐音くん、だめっすよ」
とだけ、柔らかく言った。
「教えてくれ」
燐音は、血の滴り続ける腕を、無数の傷が蔓延る腕を、眺めながら言う。
「解るまで教えてくれよ」
ニキは悲しそうな呼気と共に、机を降りた。そして、血に濡れた燐音の腕を優しく握り……実際触れることなどしていないし、燐音にもその感覚はなかった……祈るように呟く。
「……だめっすよ」
燐音は、あぁ、と返事をした。やめる気はなかった。だって腕を切っている時しか、ニキにはもう会えないから。燐音は、そう思っていた。