分かっていないのはおまえの方 自分はブレイバーンと共に消えるものだと思っていた。
それなのに気づいたら大地に降り立ち、目の前には世界を救ったばかりのイサミとルルが項垂れている姿が見えて、思わず声を掛けたらちゃんと声も出て。
俺は、この世界に戻ってくることが出来たのだとようやく理解した。
***
クーヌスとの戦いの後に自分はKIAつまり戦死扱いとなっていたようで、それは当然なんだが、戻ってきたら戻ってきたでまずは身体検査を呆れるほど受けさせられた(ルルを保護した時の比ではなかった)。結果は、身体は99.9%人間であることは間違いないとのことだが、身体機能はことごとく弱っていると診断された。しばらくは安静にしていなさい、とのドクからのお墨付きをいただいたことで、今はATFの中の病棟で落ち着いて過ごせている。
落ち着いて? いや、そうでもない。
あれからイサミとルルが俺から決して離れようとしない。軍の上層部も俺たちを無理やり引き離すことはせず、病棟の広い個室で3人で一緒にいさせてもらっている。自分で言うのもなんだが、死んでロボットになって、今また人間に戻ったという得体のしれない俺などと、世界を救ったイサミとルルを一緒にしておくのは危険じゃないか? そう2人に言ったら、ものすごい剣幕で2人に怒られた。
「おまえだって世界を救ったヒーローだろうが!」
「そうだよスミス! どうしてそんなこというの?」
「わ、分かった分かった、もう言わないよ。すまない2人とも」
その怒りの理由が理解できないが、決して2人を怒らせたいわけじゃないので、頷いておく。
事実、世界をデスドライヴズの脅威から救ったのはイサミとルルの2人なのだ。自分はブレイバーン誕生のきっかけとはなったが、そもそもブレイバーン単独では戦う力も弱く、イサミがいなければ敵を倒すこともままならなかった。自分なりに頑張ったつもりではあるが、やはり2人のようなヒーローに、俺はどうあってもなれなかったんだな、とは思った。
どんな理由で戻ってこられたのかは分からない。だが、今こうしてまだ生きられるのなら、イサミとルルとと一緒に生きていけられたら、と思う。でも、それも、独り善がりの気持ちに過ぎない。ヒーローになった彼らに、自分ができることなんて、もう何もないのかもしれない。
それに──。
鏡を見た時にふと気づいたことがある。いつもと同じ自分の顔だが、何か違和感を覚え、よくよく見て気づいた。
「瞳の色が、変わってる?」
ブルーアイズから、グリーンアイズに。
なんだこれ、どうなっているんだ?
目の機能は何も問題ない。視界は良好だ。ただ色だけが変わっている。
しかもこの色は見覚えがある色だ。
「ブレイバーンの眼の色?」
間違いない。彼の色だ。
「これは、何か意味があるのか?」
もしかして、消えてしまった彼のチカラだったり意思だったりそんなものがまだ自分に残っているのだろうか。
「……」
集中してみるが、何も感じない。もっと深く、奥の方へと意識を深く沈めてみると、遠くの方に何かが「ある」ことをほのかに感じる。だがそれが何なのかがはっきりしない。手を伸ばせばもしかしたら届くのか──。
「スミス!」
何かを掴めそうに思った瞬間、イサミに名を呼ばれ意識が戻る。目を開けるとイサミが血相変えた表情で自分の後ろにいるのが鏡越しに見えた。
「大丈夫か!? 気分でも悪いのか!?」
目を伏せていたので調子が悪いと思ったのだろう。振り返り、安心させるように答える。
「大丈夫だ。何でもない」
しかしイサミから不安な気配は薄まらなかった。
「お前の『大丈夫』は当てにならねぇんだよ。本当に何でもないんだな?」
イサミは右手で俺の身体に触れる。戻って来てから、彼のスキンシップは目に見えて増えている。まるで俺の存在を確認するかのように、何度も、何度も触れるのだ。こんなにも彼に心配をかけてしまって申し訳ないと思うが、どうしたらいいのか分からない俺は、曖昧な笑顔を彼に返すしかない。
「本当に大丈夫だ。心配をかけてすまない」
「謝るな」
「あ……そうだな。感謝してる。気に留めてくれて」
「……」
俺が返事をすると、イサミは不機嫌そうな表情になってしまった。違う、そんな表情をさせたいわけじゃないのに。
「おまえ、俺やルルが上に言われたからおまえの側にいると思ってんのか?」
「あ、いや、そうは思ってないよ。むしろ上層部はキミたちと俺を離したいんじゃないかとは思っている」
「どうして」
「どうしてって、そりゃ、俺みたいな不審な人間を、地球を救った英雄に近づけようとは思わな──」
その瞬間、俺はイサミに思い切り強く抱きしめられた。どうしたんだ、と問おうとしたが、イサミが震えているのが伝わってきた。
「イサミ……?」
「不審な人間なんかじゃねえだろ……おまえはずっと、俺たちと一緒に戦ってたじゃないか。ここにいるみんなそれを知っているのに、おまえはそれを覚えてないのか!?」
イサミの声は聞いたことがないほど悲痛な叫びで、俺はどう答えれば彼を傷つけないか考えたが、何を言ってもダメそうだとしか分からなかった。
「もちろん覚えているが、それはそれとして、人間がロボットになって、また戻るなんてどう考えても──」
「それが何なんだよ! 普通じゃないなんてことはみんな分かってんだよ! それでもおまえは、ブレイバーンは地球を守るために戦ってた、俺たちの仲間だった、いや、今でも仲間だと思ってる」
「イサミ……」
「いつかおまえ俺に言ったよな、『人間のことを分かってない』って。分かってないのはおまえの方だろ! 俺たちのことを舐めてんじゃねえよ!」
ついに彼は縋るように顔を自分に押し付け、声を殺して泣いている。泣かれると弱い自分は、何とか泣き止んでもらおうと彼を宥めるしかない。
「イ、イサミ……」
すると俺が何か言う前に、イサミが地の底を這うような低い声で俺に言った。
「……おまえは本当に分かってない。俺たちがどれだけおまえのことを大切に思っているか……」
イサミはそう言ってさらに腕に力を込める。いい加減痛いんだが、でもきっと、彼の心の痛みは、これよりももっと痛かったのだろう。それが想像できてしまって、文句を言うことも出来ず、ただただ、彼にされるがままに抱きしめられるしかなかった。