あなたに感謝の言葉を(CPなし) デスドライヴズとの戦場に駆け付けたATFの面々は、TSに乗っていた者が真っ先にその場に到着した。イサミ・ルルに加えて戦死したはずのスミスまでその場にいて、驚きと喜びで迎えられた。3人は大きめなタオルをもらい、とりあえずはそれを身に着けた。
イサミもルルもスミスの側を離れなかったが、ATFのハイデマリー少将達が近づいてきたのが見えると、スミスはルルの手を自分の身体から離した。途端にルルが不安げな顔になる。
「スミス? どうしたの?」
「ルル。キミはイサミと一緒に戻るんだ。イサミ、ルルのことをよろしく頼む」
子供のことを頼むような口調で、スミスはイサミにルルのことを託す。ルルは本能的にスミスが自分から離れることを察し、恐怖した。
「いや! ルルもうスミスから離れるのいやだ!」
「……」
スミスは身をかがめ、正面からルルの両頬に自分の手を添え、真っ直ぐにその瞳を見る。ルルの瞳は涙がいっぱいたたえられていた。
「スミス……」
「そんなに泣かなくても大丈夫。俺は大丈夫だから。少し待っててくれ」
横から2人のやり取りを聞いていたイサミは、その言葉を聞いて逆に不安になった。スミスが大丈夫という時は、だいたい相手を思いやって言っていて、彼自身は大丈夫ではない状況に陥っているのだ。
「おまえ……」
「ルイス・スミスから離れなさい、アオ3尉、ルル」
ハイデマリーの鋭い声にイサミが顔を上げると、周囲は銃を構えた兵士に取り囲まれていた。彼らは1点を──スミスを狙っている。
「いったいこれは……」
「イサミ、ルル。俺から離れるんだ」
どういうことかと質問しようとしたイサミを制し、スミスが2人を促す。ルルは首を横に振り、拒絶した。
「いやだ!」
ルルはスミスに再度しがみ付き、周りの兵士に向かって叫ぶ。
「スミスを撃たないで! お願い!」
イサミも訳が分からないが、ルルと同様にスミスを庇うようにハイデマリーとスミスの間に立つ。
「どういうつもりなんだ。こいつは今まで一緒に戦っていた仲間なんだぞ! 銃を向けられる筋合いなんて」
ハイデマリーはイサミとルルを敢えて無視して、イサミの背後にいるスミスに向かって命じる。
「ルイス・スミス、ついてきなさい」
「Yes、sir」
こうなることはスミスも想定していたので、ルルの手を自分から外し、大人しく従う。銃を向けられるくらい予測済だ。もっと一方的に身柄を拘束されるくらいは思っていたのだが、随分と扱いが穏やかだ。
スミスが足を動かすと、それに伴い銃口がそちらを向く。ルルが暴れようとするので、イサミは慌てて彼女を抑える。ここで暴れて逆らったら大問題になる。
「スミス! 行っちゃヤダ! スミス!」
イサミとてブレイバーンに最初に乗った後は尋問された経験がある。それと同じことだろうか、と不安には思う。しかしスミスは一緒に戦ってきた仲間じゃないか。どうしてあんな扱いが出来るんだ、とイサミも煮えくり返る気持ちだった。
***
収監された後、数日に渡ってメディカルチェックを受け、身元確認をされた。詳細な検査は遺伝子検査の結果を待たねばならないが、ひとまずは、自分がルイス・スミス本人であることが認められた。
その間、スミスは自分なりに今の自分の出来ること、出来ないことの把握に努めた。ブレイバーンだった時のような腕力は失われていた(むしろ体力が落ちていて以前と同じような身体能力ではないことが分かったのがショックだった)。
だが、目を閉じ集中すると、ここのセキュリティの様子を見ることが出来るのだ。外の警備の様子も分かるし、なんならセキュリティを解除して脱出することも出来そうだ。
(ハック能力は残っているのか──これはおいそれとは言えないな)
あと出来そうなことはなんだろう。クーヌスが使っていたあの時空と空間を操る力も、もしかしたら使えるのだろうか。監視カメラの死角に入り、備え付けのペンを使って試してみると、右手から左手への瞬間移動が出来た。なるほどこれも出来そうだ。
逃げようと思えばいつでも逃げられることは分かったので、スミスはひとまず上層部の出方を待とうと、部屋の中で落ちた体力を戻すべく簡単なトレーニングを行っていた。
数日後、スミスは兵士に案内され、広い会議室へ通された。そこにはATFのお歴々が揃っていた。あの頃──ハワイで最初にブレイバーンとしてイサミと戦った後と同じだ、とスミスは思った。あの頃と違うのは、自分が人間であることと、後ろ手で拘束されていることくらいだ。部屋の片隅から銃を向けられているのも、あの頃と同じだなとスミスは考えていた。
「さて、ルイス・スミス。キミはMIA(戦闘中行方不明)であったので、メディカルチェックや身元確認に時間がかかってしまったようだな。もう少し早く話を聞く機会を取りたかったのだが」
ATFのキング大将がスミスに向かって話し始める。キングが手を上げると、1人の兵士がスミスに近づき、後ろ手の拘束を解放した。そして椅子を用意し座るように促される。拘束されていたことから考えると信じられない好待遇だ。スミスは戸惑い、キングに質問する。
「これは一体……」
しかしスミスの疑問には答えず、キングはスミスに座るように促す。
「掛けたまえ」
「はあ」
「まずは、あのような扱いをしてしまったことを詫びよう。許してほしい」
「え……?」
まさかそんな風に謝罪されるとは全く思っていなかったスミスは、キングの言葉に絶句した。
「一刻も早くメディカルチェックを行う必要があったので、急いで連れてくるようにと命じたのが、あのようになってしまったのだ」
「そうですか」
それにしては銃をもった兵士に取り囲まれたんだが……とは敢えて言う必要がないことだろうとスミスは思った。得体の知れない相手を友好的に迎える状況ではなかったことも承知している。
「では、何かあったのかをキミの口から説明してもらおうか」
「了解しました」
自分の口からということは、イサミやルルからはすでに事情を聴いているのだろう。彼らが自分のような扱いをされていることは絶対にないと確信しているが、それでも彼らのことが案じられた。自分のことで嫌な思いをしていたり、ひどい扱いをされていないといいのだが。
そこからスミスは淫蕩のデスドライヴズ・クーヌスとの戦いのこと、ライジング・オルトスで攻撃をして爆発から逃げようとしたが叶わず、爆発に巻き込まれて死亡したこと(記憶がないのでここは憶測である)、クーヌスと一緒に死へ向かうところだったのを、自分が拒絶して、気づいたらブレイバーンとして最初のデスドライヴズ襲撃のタイミングに時間を遡ったこと。
話を聞いていた者はにわかに信じられないといった様子だったが、事実として、死亡したとみなされていたスミスがこうして生還してきたのだ。そもそもデスドライヴズ襲撃からして信じられないことの連続だったのだ、今更それが1つ2つ3つ増えたところで──という空気が漂っていた。
「だが、今の話をそのまま世界に発表することはできない。理由は分かるかね?」
「はい。世界が混乱するでしょうね。自分もそんな話を聞いたところで、信じないと思います」
「そうだ。これから世界はデスドライヴズ襲撃からの復興を行っていく必要がある。いたずらに混乱を招くことはできない」
だが──とキングは言葉を続ける。
「ブレイバーンの存在を秘匿することも考えたが、彼の功績は小さくない。秘匿することは不可能と判断した。彼はどこからともなく現れ、イサミ・アオ3尉、ルル、スペルビアの3名と共にデスドライヴズと戦い、最後は力尽きた。彼は地球を救ったヒーローとしてこれからずっと讃えられることとなるだろう」
「……そうですか」
その言葉を聞いて、スミスは顔を伏せる。感謝されるために戦ってきたわけではもちろんないのだが、イサミやルルやスペルビアやブレイバーンが感謝されることはとても嬉しい。
「だからキミにも最大の敬意と感謝を。ルイス・スミス──ブレイバーン」
キングの声にスミスが顔を上げると、その場にいる自分以外の全員が立ち上がって──銃を構えていた者も──スミスに向かって深く礼をしていた。スミスは信じられない気持ちで、彼らを見上げる。
そんな風にお礼を言われるなんて思わなかった。お礼を言われるためにやったわけじゃない。俺はただ、イサミとの約束を果たしたかっただけで──。
「キミの存在を公に出来ない以上、このようにキミに直接感謝の言葉を伝えられる我々は、幸運であると思う。だが忘れないでほしい、ブレイバーンへの感謝の言葉は、そのままキミに向けられたものでもあることを」
「……はい」
ああ──世界を救ってよかった──。
スミスは心の底からそう思える自分自身を誇らしく思えた。