叶うなら、ずっと一緒に(イサルイ) デスドライヴズとの戦いが終わった後、奇跡的に生還を果たしたスミスとの再会を喜ぶイサミとルルだったが、それからすぐにスミスはATFの上層部の手によって連れて行かれてしまった。状況から考えて、メティカルチェックを受けさせられているのだろうということは想像に難くなかった(ルルがスミスに助けられた時もそうだった)。
しかしほどなくルルがスミスに会いたいと涙ながらに訴えて来て、イサミはひとまず直属の上司に質問に行った。実際、イサミ自身も我慢の限界だった。いくらメディカルチェックをしているとは言え、全く面会が出来ないというのが納得できない。
不機嫌さを全く隠さずにイサミがサタケに質問をするが、上司も全く状況が分からないという。
「もっと上に聞けば分かりますか?」
イサミは食い下がったが、サタケは首を横に振った。
「いや、恐らく無駄だろう。彼については徹底した緘口令が敷かれている」
「緘口令?」
緘口令とはどういうことなのだろう? スミスの所在いや所在だけではなく、その存在までも口にするなとは。
「どうしてそんなことを」
イサミはさらに質問を重ねる。サタケは声を潜めた。
「彼の扱いをどうするのか、上も決めかねているということらしい」
KIA(戦死)かと思われていたのが、実は生きていたというのであれば、そんなにおかしな話ではない。だが、彼の事情は他の者とは全く異なる。人間が死んでロボットとして生まれ変わり、しかも時空を超えて過去に戻ったなどと、どこのSF作品なのだといいたくもなる話だ。
しかし人類に希望の光を見せ、実際にデスドライヴズとの戦いを勝利に導いた立役者ともいえるロボット──ブレイバーンの存在、その活躍は誰にも否定できない。戦いが終わり、その存在は消えてしまったが、人々の心に深く刻まれている。
その話を聞く度に、イサミは複雑な心境に陥る。自分とブレイバーンは共に戦い世界を救った。それもまた動かしようがない事実なのに、自分はヒーローとして持て囃され、ブレイバーン──スミスは得体が知れないという理由で未だに拘束されているのだ。
(あいつが何したってんだよ……世界を救っただけじゃねえか……)
理不尽だ。どう考えても理不尽だ。
どうにかしてスミスを解放してやる方法はないものかとイサミが思っていると、話していたサタケの端末が鳴った。応答するサタケをぼんやり見ているイサミだったが、話している最中にサタケがイサミを一瞥した。何か自分に関する話だろうと察したイサミは、黙って通話が終わるのを待った。
通話を終え、サタケはイサミに命じる。
「アオ3尉。ルルを連れて来てくれ」
「ルルを?」
「面会許可が下りた」
「!」
誰の、などと確認するまでもない。スミスのだ。ようやく、ようやく会える。
「すぐにルルを連れてきます!」
イサミは慌てて部屋を飛び出しながら叫んだ。
***
ルルと合流し、イサミはサタケに連れられ、今まで来たことがない施設の奥まった場所までやって来ていた。
(こんな場所にいたのか──)
佐官以上の認証がなければ入れない場所で、そのセキュリティの強さにイサミはますますスミスの置かれた状況を憂う。これでは監禁されているも同然ではないか。ルルも不安げな様子でイサミと一緒に歩いている。
やがて到着した応接室には、カワダ海将補が待っていた。
「サタケ2佐、わざわざ来てもらって悪いな」
「いえ」
「スミスここにいるの?」
サタケとカワダの会話にルルが割って入る。イサミが止めようとしたが止められなかった。
「ルル、スミスに会いたい! 会わせて!」
ルルは目に涙を浮かべ訴える。カワダは頷く。
「もちろん。そのために君達に来てもらったんだ。さあ、こっちだ」
応接室を出て、さらに奥のエリアへ向かう。ここから先はサタケでも入れない場所なのだろう。途中でセキュリティを解除しながら(ここから先は将官以上の認証でしか解除が出来ないエリアだったようだ)応接室までやってくると、カワダがイサミとルルに振り返った。
「我々はここで待っている。ここから先は君達だけで向かうといい。セキュリティは切ってある」
「この先にスミスがいるんですね?」
「そうだ」
面会時間は30分だといわれ、イサミとルルは頷き合いスミスの待つ奥の部屋へ向かって通路を進む。途中、ロックは掛かってなく、スムーズに進めた。通路の奥には1つ扉がある。
イサミがノックを3回すると、
「どうぞ、イサミ、ルル」
中からスミスの声が聞こえた。久しぶりに聞く彼の声だ。扉を開けると、1人で過ごすにはやや広めのワンルーム風の部屋でルイス・スミスは立って2人を歓迎した。その姿を視認した瞬間、ルルはスミスに飛びかからんばかりの勢いで抱きついた。
「スミス!」
「元気だったかルル? ちゃんとご飯食べてるか? しっかり眠れているか?」
「ルル元気! ガガピ! スミスも元気?」
「ああ、俺も元気だよ」
それをしっかり抱き留め、スミスとルルは現状を確認し合う。まるで離れていた親子の会話で、イサミは苦笑せずにはいられなかった。自身がこんな拘束をされている状態にもかかわらず、真っ先にルルの心配をするとは、彼らしいといえばらしい。奥底で感じたモヤモヤした感情は見なかったことにして、イサミもスミスに近づいた。
「イサミ、来てくれてありがとう。キミも調子は変わらずかい?」
スミスがルルを支えながら右手を差し出してきたので、イサミはそれを力強く握る。
「俺は問題ない。おまえの方こそ、大丈夫なのか?」
「ああ。ここにいるとやることがなくて暇でね。筋トレばかりしてる」
外では復興作業をしているんだろう? 手伝えなくてすまない、とスミスは相変わらず自分のことより周りのことに意識を向けている。それも彼の大いなる美点だとは分かっているが、この状況までその態度なのは、イサミにしてみればもうちょっと危機意識というか今後の不安というか、つまりは自分のことを考えろと思わざるをえない。
「あまり時間は許されていないから、飲みながら聞いてくれ」
こんなものしかなくてすまないな、とスミスは部屋に備え付けの冷蔵庫から水を3つ取り出し2人に渡す。ソファに座るように促され、イサミはそこに座る。ルルは相変わらずスミスから離れず、イサミの対面に腰を下ろす。
「さて、ルルは当然知らないと思うが、イサミは『証人保護プログラム』というステイツのシステムについて知っているかい?」
前置きもそこそこにスミスがイサミに質問した。イサミは一般的な知識ならと答える。簡単に言うと、証言者を報復措置から保護するための制度だ。そんな話をなぜ──と考えた瞬間、イサミは今日ここに呼ばれた意味をうっすらと把握してしまった。
「スミスおまえ」
「ルルは知らないから簡単に説明すると、国が人を守ってくれる制度のことだ」
「保護? ステイツがスミスのことを守ってくれるの?」
「そう」
スミスが本当に簡単に説明をしているが、肝心なことを話していない、とイサミは口を挟む。
「いい加減にしろスミス、おまえ、肝心なことを言ってないだろうが」
「肝心なこと? なに?」
イサミから痛い所を突かれ、スミスは腹を括って話さなければならないことをルルに伝えた。
「……今から言うよ。その制度で保護される人間は、原則、もともとの名を捨て、完全な別人として生きて行くことになるんだ」
「べつじん?」
「えっと、つまり」
どう説明しようかとスミスが口ごもったところを、イサミが割って入る。
「つまり、今までの人間関係も全部捨てて、どこか知らない場所で一生保護されながら生きて行くってことだろ?」
「全部、捨てて……」
「まあ、それで合ってる。でも、俺はステイツの国益に多大なる貢献はしたので、そんなに悪い待遇では……」
スミスが捕捉するが、その言葉はルルには届いていなかった。全部捨てる、全部──。
「──スミス、ルルのこと、捨てるの?」
感情のこもっていない小さな声で問うルルに、スミスは慌てて否定をしようとしたが、
「ルル、それは」
違う、とは言えなかった。結局のところその制度に守られるということは、今までのルイス・スミスをすべて捨て去ることであるのは事実で、次の言葉が出てこなかった。
「いやだ! ルルのこと捨てちゃいやだ!」
「ルル」
ルルのこの反応は予測していたスミスは、用意していた言葉でルルを説得しようとする。
「大丈夫だ。ルルにはイサミだってミユだってヒビキだって、いっぱい周りにいるだろう? 俺がいなくても大丈──」
「スミスがいないのはいや!」
ルルはスミスに縋りつき泣きながら訴える。困り果てたスミスは助力を求めてイサミを見るが、そこで見たのはこちらを睨むヒーローの顔だった。
「イサミ、どうし」
「おまえマジでふざけんなよ」
戦いの最中で聞いたような怒声を聞き、スミスは驚く。
「おまえがいなきゃ意味ねえんだよ、俺にも! ルルにも!」
「イサミ……」
「おまえは違うのか!? おまえは俺たちとこれから一生会えなくても平気なのか!?」
「っ、そんなわけないだろ!」
イサミの声に呼応するようにスミスも強い口調で否定した。しかしすぐにスミスは、しまったという顔を見せる。言わないと決めていた内心をつい口にしてしまい、そこからボロボロと隠していた気持ちが溢れ出る。
「だってしょうがないだろ……もともと俺は死んだ身なんだ。こうやって生きていることだけで幸運だって……それ以上を望むなんて、許されるはず、ない」
俯くスミスにルルは縋りつく。イサミはスミスに近づき、2人まとめて抱き締める。
「全世界の人間が許さなくても、俺が許す。おまえはこれからもっともっと幸せになっていい。幸せになるべきなんだ」
「ルルも! ルルも許す! スミスのこと許す! スミス、いっぱいいっぱい幸せになる!」
最も大事に思う2人からそんな風に言われて、ようやくスミスはずっと奥底にしまっておいた自分の望みを打ち明ける。
「……俺は、これからもイサミとルルと一緒にいたい。叶うなら、ずっと一緒に」
イサミとルルを交互に見ながら、スミスは真っ直ぐな目で2人に告げた。その気持ちを聞いたイサミは頷く。3人の気持ちが1つならば、きっと何とかできるはずだ。
***
しかし時間は無情にも過ぎて行き、面会時間も残りわずかとなってきた。
もともと今日はスミスがイサミとルルに状況を説明して別れをするつもりだったのだが、結果的に2人によって翻意されたので、また自分の今後については考え直さなければならなくなってしまった。
そもそも話のとっかかりの部分をイサミは改めてスミスに質問した。
「証人保護プログラムなんてものを持ち出してくるとはな。そこまでする必要があるのか?」
「俺の存在はトップシークレットとされるということは決定事項なんだ。今後、俺のことを狙ってくる輩が絶対出てこない保証がないから、それを防ぐための措置という説明を受けた」
「……」
イサミとルルはその話を聞いて無言で空を睨んだ。それは確かにあり得る話だ。彼が人体実験をされる未来など絶対に来させてはならない。
「そのために名を変え、別の所で保護されることになっていた。どことは具体的には分からないが」
「名を、変えるか……」
イサミがそれを受けて呟く。ルルは心配そうにスミスに聞く。
「スミス、名前変えちゃうの?」
「そのシステムを受けると決めたら、そうなるな」
「……いやだよ……スミスはスミスだもん……」
「ハハ、そうだな。俺も24年間使った名前が変わるのは、やっぱり寂しいな」
スミスとルルが話している間、イサミはずっと考えていた。名を変えて一緒にいるというのなら、もうこれしか思いつかない。
「いい方法がある。おまえが名前を変えても俺たちとずっと一緒にいられる、名案が」
「Oh、Really」
「イサミすごい!」
真剣な表情のイサミに期待感が高まるスミスとルル。イサミはスミスを見つめて、ハッキリとした声で言い放った。
「俺と結婚しよう!」
イサミの提案を聞き、スミスは固まった。ルルは意味が分からずキョトンとした。しばらく無言が続いたが、スミスがゆっくりと口を開いた。
「……What」
スミスはイサミにその申し出の意図を確認した。それを受け、イサミは早口で考えうる限りのメリットを上げ連ねた。
「日本では結婚すると姓を変えることが出来るんだ。そうすればおまえの名前を変えることができる。姓を俺のものにすることもできるし、もともとの姓を残しつつ新しい姓を追加することだって可能で、とにかく変えることが出来るんだ! そもそもずっと考えていたんだ。俺たちがこれからも一緒にいるためには、最終的には結婚という形が一番スムーズで自然なのかな、と。その後日本で住むことになれば、おまえのことを知る者も少ない環境になるから、秘密の秘匿という観点では問題ないのかなと」
「……フフ」
普段寡黙なイサミが一所懸命に語る様子がおかしくて、スミスは笑みを浮かべた。イサミはそれを見て真剣な表情で訴える。
「なんだよ! 俺は真剣に!」
「ああ、真剣さは伝わったよ。だけど」
スミスは腕を組みそっぽを向いた。
「結婚に必要な重要なものが伝わってこない、な」
「重要な、もの?」
提案を拒絶されるのかと身構えたイサミだが、スミスの言わんとしていることがよく分からなかった。不安そうにこちらを見ているイサミを見て、スミスは柔らかな笑顔を浮かべた。
「こういうことだよ、ほら、立ってイサミ!」
「あ? あ、ああ……」
促されるままにイサミは立ち上がり、スミスの方に向き直る。スミスはベッタリくっついているルルを離し、自らはイサミの目の前で片膝をつく。イサミの左手を包み、その手の甲に口づけを落とす。その仕草が余りにも決まっていて、イサミはされるがままだった。
スミスはイサミを見上げ、真剣な表情で告げた。
「Will you marry me」
「あ……っ? え?」
いや、さっき俺同じこと言ったよな、と思いつつ、スミスにプロポーズをされ、イサミはびっくりするやら感動するやらで、言葉が出てこなかった。スミスはイサミの言葉を待たず、イサミの手を解き、立ち上がり、肩を竦めた。
「プロポーズというのはこうするもんだ。ドキドキしただろう?」
「……した……」
スミスに完璧な見本を見せられ、イサミは降参した。そしてルルも、
「スミスすごい! ルルドキドキした!」
諸手を挙げてスミスを称えた。スミスは憮然とするイサミの頬に1つキスをする。
「キミからのプロポーズ、すごく嬉しかったよ。ありがとう。キミが、俺を幸せにしてくれるんだろう?」
「っ! ああ、もちろんだ。俺がおまえを、おまえとルルを幸せにしてやる!」
「ルルも! スミスとイサミ、幸せにする!」
「ありがとな、ルル、イサミ」
スミスはそろそろ時間だ、と2人に別れの時を告げる。名残惜しいが、また次会える機会を願って、2人は部屋を出て行った。スミスは2人を見送り、部屋に1人残ったところで、大きく溜息を吐く。
本当ならこんな風に幸せな気持ちを得ていいはずがない。
だけど、他ならぬ大切な2人から幸せを約束されたのだ、もう少し、足掻いてみよう。
スミスは今後の自分の身の振り方を再考するのだった。