3人で一緒に(イサルイルル家族)「だいぶ身体の調子も戻ってきたようだし、そろそろ通常食にしても大丈夫でしょう」
ニーナ・コワルスキー中尉がカルテを眺めながらルイス・スミス中尉に本日の診断結果を話す。スミスの体調の経過はすこぶる良好だ。スミス本人はもちろんだが、一緒に聞いていてたイサミ・アオ3尉もルルも喜びを隠せない。3人で喜び合うその様子はどう見ても家族だ。ニーナは微笑ましい気持ちで3人に話しを続ける。
「もうちょっとしたら、今の特別病棟から出られると思うわ」
「あの、それでしたら1つ相談があるのですが」
手を挙げたのはスミス本人ではなく、イサミだった。イサミは真面目な表情でニーナに質問した。
「もう少し広い病室はありませんか?」
診察結果ではなく、病室の広さについて質問されるとは予想外の出来事で、ニーナはイサミに問い返した。
「どういうことかしら、ルーテナント・アオ?」
その質問の意図が分かったスミスが、イサミがニーナの問いに答える前に慌ててイサミの口を塞ぐ。
「イサミ! それはいいって、前にも話しただろう!」
イサミの口を塞ぐことには成功したスミスだが、伏兵がすぐそばにいた。
「ルルとイサミ、スミスと一緒の部屋がいい!」
ルルが全力の挙手をしながらイサミの代わりにニーナに答えた。スミスは声でルルの言葉を遮る。
「ルル!」
しかしルルの言葉は止まらず、ニーナに自分たちの要望を伝える。
「3人で一緒にいたい! 一緒にいられるように広い部屋がいい!」
イサミは口を封じられつつもルルの言葉に何度も頷く。が、スミスはニーナに頭を下げた。
「申し訳ないドク。それは難しいだろうと俺から2人へよく説明したんだが」
「そうね。一般病棟では難しいわね」
ニーナも考えながらスミスの言葉を肯定した。それを受け、スミスが改めてイサミとルルを宥める。
「ほら。ドクもこう言ってるだろ? 俺はもう大丈夫だから、安心して自分たちの部屋でゆっくり休んでくれよ、イサミ、ルル」
スミスが笑顔で2人に告げるのだが、イサミもルルもスミスの『大丈夫』は基本的に信じていない。不満を隠そうともせず、反論を続ける。
「スミスすぐ無茶する。ルル心配。ガガピ」
「そうだなルル。俺もルルと同じ考えだ。スミス。おまえの『大丈夫』は当てにならない」
イサミとルルがタッグを組んでくると、スミスは勝てる目が全く見えなくなる。これはどうしたものかと、この場にいる第三者に助けを求めた。
「ドク……俺はもう1人でも大丈夫ですよね?」
が、無情にもその第三者はスミスの味方ではなかった。ニーナは冷静な口調でスミスに告げる。
「残念だけどスミス中尉。私もルーテナント・アオとルルちゃんと同じ意見よ。あなたは目を離すと無理をしがちだってことは私も知ってるわ」
「そっ……そんなことは」
スミスは完全に自分の旗色が悪いことが見えてきたが、それでもと反論をしようとする。しかしニーナは首を横に振ってスミスに説明をした。
「そのことは私よりもっと上も分かっているから、あなたには、いえ、あなたたちには一般病棟ではなく、ファミリー向けの広い病室を用意しているわ、スミス中尉」
「ファミリー向け?」
「ええ。入院した時にその家族も一緒に入れる個室病棟があるのよ。あなたたちにはちょうどいいんじゃないかしら?」
それはまさにイサミとルルが要求したものであったので、2人はニーナに口々に礼を言った。
「コワルスキー中尉ありがとうございます」
「ニーナありがとう!」
そしてそれとは対照的に困惑するスミス。何とかしようとひどく当たり障りのない一般論を持ち出して反論した。
「俺たちだけそんな特別にされる訳には」
ここには多くの負傷した人がまだまだたくさん収容されているのに、自分だけそんな便宜をはかってもらうわけには、とスミスがニーナに意見するが、彼女は笑顔で答えた。
「それについては反対意見は全く出なかったから安心して中尉」
「そんなバカな」
「むしろ最上級の部屋の提供をという意見もあったくらいよ。だけどそこまでしてはあなたたちも恐縮してしまうだろうから、せめて3人一緒に過ごせるようにと準備しているの」
「……どうして、そんな」
ニーナの言葉にスミスは表情を曇らせた。そこまでしてもらう理由が、彼には本気で理解できていないのだ。その反応もニーナは予測済みだったが、これ以上は自分の権限では話せない。
「異論があるのなら私じゃなく直接上に申し立てしてちょうだい、スミス中尉。私は上からの指示を聞いただけなの。あなたが特別病棟から出て一般病棟ではなく個室病棟に入ることになっていると」
「分かりました、ドク。あとは自分で確認します」
そう答えるスミスの横ではすでに次の部屋のことに頭がいっぱいのルルとそれに同意するイサミが会話をしている。ニーナはそれを聞きながら、カルテを片付けた。
「ルル嬉しい! スミスと一緒! 広い部屋!」
「どんな部屋なのか楽しみだな」
「ガガピー!」
「コラ、ルル、イサミ! そんな俺たちばっかり特別扱いされるわけには……」
「今日の診察は以上よ。次の診察があるから、元気がある人たちは、さっさと出て行ってちょうだい?」
3人の微笑ましい様子を見ながら、ニーナは診察の終了をスミスに申し渡した。
その後、ルイス・スミス中尉の申し立ては結局のところ却下された。これは特別扱いでもなんでもなく、ファミリー向けの個人病棟が空いている点、ルルの意見、イサミの意見を聞き、上層部が判断した決定事項だとトップダウンで通達され、スミスは反論することが出来なかった。
あまりにも訳が分からなかったので、よろしくないとは自覚しつつも、内情を探ろうとスミスはこっそりと情報をハッキングしてみた。そこで軍の上層部と米国の政府の上層部でのやりとりの痕跡を発見したが、やはりというか自分たち3人の今後の扱いを決めかねている様子が見てとれた。
(それがはっきりするまで俺たちをまとめておきたいということなのか?)
しかし意外だったのは、軍上層部は自分たち3人の身の保障を強く政府に申し出ている点だ。イサミとルルについては今後の自由を保障することは至極当然だが、自分はこの国の軍人だ。どんな扱いをされたところで文句を言うはずもないのだが、なぜこんなにも優遇をしてくれるのか。
(あまり深追いして足がついても厄介だ。ここまでにしよう)
分からないものはこれ以上考えても仕方がない。スミスは納得はいかないなりに、現状与えられた環境を甘受することにした。
***
「すごーい! ひろーい!」
スミスたち3人が下見として案内されたのはマンションの1室のような個室病棟だった。構造は2LDKで、寝室用の部屋が2つあるのは、小さい部屋が病人用、大きい部屋が家族用であろうとスミスは推察した。どちらも広さとしては十分である。
「イサミ、キミがこちらを……」
1人用の部屋をイサミにすすめようとしたスミスだったが、それを先んじてルルが叫んだ。スミスが示した部屋の扉をルルが開け、主張した。
「ルルこっちの部屋!」
「え? いや、ルル、そっちはイサミに」
「ルルはレディだから1人部屋がいいの!」
ルルとて本当は以前のようにスミスと2人で1つの部屋がいいに決まっている。だが、スミスとイサミのために自分の出来ることをしようとルルは壮大な決意をもって本日を迎えていたのだ。ここだけはしっかりと主張するつもりのルルであった。
『レディだから』と言われると、スミスもルルに強く反論できない。どうしたものかとイサミを見ると、イサミがルルに近づいていくのが見えた。イサミは身を屈めてルルと目線を合わせ提案した。
「ルル。あっちの部屋の方が大きいから、あっちを3人の寝室にしないか」
思いがけない提案をされ、ルルは目をぱちくりさせた。ルルはイサミを見返して、ゆっくりと視線を落とした。決意を揺るがせないでほしいという気持ちを込めてイサミに自分の思惑を伝える。
「……ルル、スミスとイサミの邪魔、したくない……」
消えそうなルルの声を聞き、スミスは保護欲を掻き立てられた。邪魔なんてそんな風にルルのことを思うはずもないのに。
それはイサミも同意見だったようだ。イサミはルルの頭を優しく撫でた。
「邪魔なんて思うわけないだろ? なあスミス」
「ああ、もちろんだ!」
ルルはイサミとスミスの言葉を聞き、笑顔で頷いた。2人が認めてくれるのなら、ルルだって2人と一緒がいいに決まっている。
「うん! ルル、スミスとイサミと一緒がいい!」
「よし。じゃあそのように手配しよう。いいな、スミス?」
「ああ……」
頷きながら、ふとスミスは気づいた。あれ? いつの間にやら同じ部屋で一緒に寝ることになっている、と。
そこからはイサミとルルで3人で寝るならキングサイズのベッドがいいとか、念のため1人部屋にもベッドはあった方がいいとか、そんなことを話しているのを聞きながら、完全にイサミのペースに乗せられている我が身を省みて、スミスは内心頭を抱えた。
しかし、とスミスは楽しく話しているイサミとルルを見て思った。
(イサミとルルがすごく仲良くなっている)
自分がクーヌスと爆散してから戦いが終わり2人の元へ戻ってくるまでの間は、ブレイバーンとして側にはいたが、イサミとルルがとても良好な関係を築いていることは察していた。あの激しい戦いを共に戦い抜いた2人なのだ。自分では想像もつかない強い絆で結ばれているに違いない。
(この様子なら、イサミにルルを任せても問題ないな)
たとえ自分がいなくなっても──とは、軍人としての自分の思考だ。つい、最悪の状況を想定して今後について考えてしまう。
2人が話しているのを聞きながら、スミスはこっそりとこの部屋のセキュリティのチェックを行った。さぞやいろいろとやっかいな監視システムが付けられているだろうと予想をしていたスミスだったが、最小限の人の出入りのチェック機構しか付けられていないことが分かった。軍施設内のセキュリティとしてはザルに近い状態であることが分かり、スミスは益々混乱する。
(どうなっているんだ? 俺たちを監視をするためにこの部屋を用意したんじゃないのか?)
訳が分からず、スミスはもう少し深く探ってみようとしたところ、イサミに呼ばれそれを止める。
「──おいスミス? 聞いてるのか?」
「ああ聞いてる。イサミとルルの考えた通りで俺は構わないよ」
スミスは聞いていなかったことを言わずにイサミに賛成の意向だけ伝えると、イサミは何かを察したのか、視線を少しだけ鋭くしたが、スミスに対して特に言及はしなかった。スミスはイサミの視線に気づかなかったふりをした。
「下見はこのくらいでいいよな。そろそろ戻ろう、イサミ、ルル」
「……ああ」
「戻って晩ご飯食べる!」