再び並行世界へ(CPなし) ハワイにいるデスドライヴズの元に向かって海上を飛んでいるブレイバーンとスペルビアは、嫌な気配──胸騒ぎのようなものを感じて動きを止めた。急に止まったため、イサミとルルは同じタイミングで外に向かって問い掛ける。
「何かあったのか、ブレイバーン!」
「オジサマ! どうしたの?」
問われたブレイバーンとスペルビアは顔を見合わせた。この嫌な気配は記憶にある。
『これ、は──?』
ブレイバーンとスペルビアが上を見上げると、見覚えのある光の玉がどんどん大きくなっていく。イサミもそれを見て思わず叫ぶ。
「っ、まさかあの時と同じ……」
『間違いない、『ゲート』だ!』
以前、イサミ達が日本に上陸した際にも、同じようにあの光に包まれて、ブレイバーン曰く『並行世界』の日本へと飛ばされたのだ。それと同じ現象が今まさに起こっている。ゲートの出現は予測不能かつ突然なことで、遭遇してしまったら逃れる術がない。前回同様、イサミ達は為す術もなく眩い光に包まれ、そして次の瞬間には、大森林の只中に立っていた。ブレイバーンとスペルビアは同じ場所に放り出されたようだ。見知らぬ世界で離れ離れになることがなく、イサミは安堵した。
「ここは、前に来た第2世界、なのか?」
以前、ゲートに飛ばされた先の並行世界で助けてくれた人達──ディバイン・ドゥアーズのメンバーがそんな話をしていたことを覚えている。世界には多くの並行世界があり、見つかった順番に番号を振っていて、前回イサミ達が飛ばされた先は『第2世界』と呼称していると説明を受けた。
「ブレイバーン、ここは前に飛ばされた世界と同じか?」
『分からない。ここは──』
その瞬間、ブレイバーンとスペルビアが身構え上空に視線を向けた。中にいるイサミとルルにも緊張が伝わる。
『1機近づいてくる。あれは』
『あの気配、覚えがある』
言っているうちに爆音と衝撃波と共に白いロボットが現れた。それはここにいる全員が見覚えがあった。真っ先にブレイバーンが相手の名を呼ぶ。
『ディーダリオン!』
「ということはやっぱりここは前に飛ばされた場所なのか?」
全然知らない場所に飛ばされるよりは、知っている場所の方が少しは安心するというものだ。イサミもディーダリオンと思しきロボットを見て呟いた。
白いロボット──ディーダリオンはブレイバーンを見て警戒を解こうとしたが、もう1体、スペルビアを認識し、身構える。
『スペルビア! 貴様も一緒に飛ばされてきたのか!?』
そうだ。以前、飛ばされた時は、スペルビアは完全に敵対関係にあった時であり、イサミ達の世界に帰還するためにスペルビアを捜索、戦闘をしたのだった。今はその時とは事情が異なるため、ブレイバーンがディーダリオンを制する。
『待ってくれディーダリオン! 今、スペルビアは我々と共に戦う仲間になったんだ!』
敵対していた相手が今は仲間なのだというブレイバーンの言葉をすんなり信じてもらえるかイサミは心配に思ったが、案外アッサリとディーダリオンはそれを受け入れ、スペルビアへの警戒を解いた。その理由を聞くと、ディバイン・ドゥアーズにはいろいろな仲間がいて、かつて敵だった者が今では仲間に、ということは別に珍しいことではないのだという。
ディーダリオンはブレイバーンとスペルビアの前に降り立った。
『大きなエネルギー反応があったので様子を見に来たんだが、やっぱりアンタ達だったんだな。ゲートはどうなった?』
『我々を連れてきたゲートなら、すでに消えてしまった後だ』
『それも前回と一緒か。今回はもう1体の機体がはぐれてしまったのか?』
ディーダリオンがこの場にいる機体──ブレイバーンとスペルビアを見て問いかける。それを聞いて、イサミとルルは顔を強張らせた。前回、同じくゲートに転移させられたメンバーにはブラスト・ライノスに搭乗したスミスもいたのだ。それをディーダリオンは覚えていて、前回はスペルビアが別の場所に転移させられたことと同じことが、今回はライノスに起こったのかと確認したのだ。
ディーダリオンの質問に答えたのはブレイバーンだった。
『いや、今回転移させられたのは我々だけだ。デスドライヴズとの戦いのために移動していた際に転移させられた』
『だったら、まずは詳しい話をブライト艦長にしてもらった方がいいな』
ディーダリオンは再び空に舞った。
『ついてきてくれ』
ブレイバーンとスペルビアは、ディーダリオンの案内によって再びディバイン・ドゥアーズの仲間の元に合流するのだった。
***
前回と同様、ブレイバーンとスペルビアがここの上層部と話している間、イサミとルルはパイロットのメンバーと再会を喜び合っていた。短い期間であったが共に戦った仲間たちは、温かく2人を迎えてくれた。ルルが以前と違い、しっかりと話せるようになっていたことにみんな驚いていた。ルルもあの時のことはよく覚えていて、特にショートヘアのお姉さんのことは美味しいカレーを作ってくれたことを忘れていなかった。
「由希奈!」
ルルはその少女──由希奈に抱きついた。由希奈もルルのことは覚えていて、再会を喜んだ。
「えっと、たしか、ルルちゃん! 久しぶりね! 元気だった?」
「ガピ! ルル元気! 由希奈のカレー、美味しかったからルルしっかり覚えてる!」
「ふふ、ありがとう」
ルルと由希奈の会話を、由希奈の側にいた少年──剣之介が聞いて頷いた。
「由希奈の作るカレーは確かに美味いからな。それは分かる」
その声を聞いた瞬間、ルルは目を見開いた。とても懐かしい声に、よく似ている。
「……ガ、ピ?」
ルルはその声の主に目を向けた。そこにいた黒髪黒目の少年は、由希奈とカレーについて話をしている。
「たまには剣之介も作ったらいいじゃない。レシピ教えたでしょ?」
「……いや、俺にはまだ早いと思うが……」
「何言ってんの! 大丈夫だよ! 一緒に作ろう!」
「ガ、ピ……」
ルルが剣之介に縋りつく。突然腕を掴まれ、剣之介は驚いてルルを見る。するとルルの目から大粒の涙がポロポロ溢れてきて、剣之介も由希奈も驚く。
「なんだ!?」
「ルルちゃんどうしたの!?」
ルルは剣之介に思いっ切りしがみ付いて、泣き出してしまった。
「スミス……っ、スミス……っ!」
その様子が尋常ではないと悟り、剣之介は由希奈に頷く。由希奈はそれを受けて彼女と共に来たイサミを呼びに走った。剣之介は縋るルルの髪を撫でる。何と言って宥めればよいか分からなかったが、
「泣きたければ泣けばいい。今、おまえの仲間がくる。心配しなくていいぞ」
当たり障りのないことしか言えなかった。そもそもなぜルルが突然泣き出したのか理由が分からないのだ、それは仕方がないことだ。
だが、ルルにしてみれば、その声がまるでスミスがルルに話しかけているようにしか聞こえず、ますます涙が溢れることになってしまっていた。
しばらくすると、由希奈に呼ばれてイサミがやってきた。
「剣之介、連れてきたよ!」
「ルル!」
仲間が来たので剣之介はルルをイサミに託そうとしたが、ルルはすごい力で剣之介にしがみ付いて離れない。剣之介は困惑してイサミを見るが、イサミも困った様子だった。ルルから事情を聞こうとする。
「……ルル、どうしたんだ? 何かあったのか?」
ルルは泣いていて埒が明かないとおもったイサミは、抱きつかれている相手の方にも聞いてみる。が、剣之介も訳が分からない。由希奈がイサミに状況を説明した。
「私たちと話していたらルルちゃんが急に泣き出して」
由希奈の状況説明では全く分からなかったが、共にいる剣之介の声を聞いた瞬間、イサミは全てを理解できた。
「俺にも訳が分からん。それまで普通に話していたんだが」
「っ!」
どこからどう見ても日本人にしか見えない彼の口から放たれたその声が原因とイサミは確信した。イサミは剣之介にしがみ付くルルの肩にそっと触れた。
「ルル。2人が困ってる」
「……ガ、ピ……」
するとルルはようやく剣之介を解放した。目を擦りながら、ルルは謝罪する。
「ごめん、なさい」
「いや、俺は気にしていない。でも、いったいどうしたんだ?」
イサミはまだ泣いているルルの肩を抱き寄せ、剣之介と由希奈に事情を説明した。
「前に俺たちと一緒にいた金髪の男のこと、覚えているか?」
由希奈がイサミに答えた。
「ええ、もちろん。あの人も私の作ったカレーを美味しいって褒めてくれたからよく覚えているよ。そういえば今回その人は一緒じゃないの?」
「ああ、一緒じゃない」
一緒じゃないくらいではルルのこの様子の説明にならない。イサミは2人から少し目を逸らし、声を落とした。
「……スミスは俺たちの世界で、デスドライヴズとの戦いで……」
「!」
その続きは聞かなくても、剣之介も由希奈も事情を察した。由希奈は特に、見知った人の訃報に直面し、顔を青ざめさせた。
イサミは剣之介をじっと見て、言葉を続ける。
「あんたの声が、すごくスミスに似てるんだ。ルルはそれを聞いてスミスのことを思い出しちまったんだと思う」
スミスがデスドライヴズと戦っていた時に側にいたことは今は言わなくてもいいだろう。
イサミの説明で剣之介は驚いた。
「俺の、声が? そんなに似てるのか?」
由希奈を振り返り確認するが、彼女は動揺して話を続けるどころではなくなってしまった。そもそも彼女は戦いとは無縁の人生を送ってきて、恐怖を感じながら自分と共に戦っているのだ。剣之介はこれ以上この話を由希奈に聞かせないほうがいいと判断した。
「すまない。由希奈が調子悪そうだ。医務室へ連れて行きたいので、俺たちはこれで失礼する」
「ああ、こちらこそ悪かった」
由希奈の表情が曇っていることはイサミも察していたので、剣之介たちを引き留めるようなことはしなかった。イサミはイサミで、動揺しているルルを宥めるために、その部屋をいったん離れようとルルを連れ出すのだった。