祝賀会にて(CPなし) イサミ・アオ3尉の元に名誉勲章を叙勲するという通達が届いた時は、すべての根回しが終わった後であった。そこには一介の士官である自分の意向など全く関係がなかった。内情を聞いてみれば、アメリカの政府と軍部の上の方の駆け引きがあったらしい。自分はともかく、スミスとルルの身に関わるとなれば話は別だ。彼らの身の安全が保障されることの引き換えとあらば、勲章の1つや2つ、いくらでも貰ってやる。イサミはそんな風に気楽に思っていた。
同じく叙勲されるスミスにその話をしたところ、スミスは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに嬉しそうな表情になった。
「俺も同じだ。上の思惑はどうあれ、それでキミとルルの安全が保障されるならと真っ先に思った」
どうやら思うところは同じだったようで、イサミも口の端に笑みをたたえスミスに頷く。
「なあ、そもそも名誉勲章って何なんだ?」
イサミは、話を聞いてからずっと疑問に思っていたことをスミスに質問した。そもそもがアメリカの制度なので、日本人であるイサミには馴染みがない。詳しくはアメリカ人のスミスに聞くのが一番手っ取り早いとイサミは考えたのだ。
アメリカ人しかも軍人であるスミスにとっては至極常識的な内容だが、イサミが知らないのも当然だ。スミスはイサミに説明をした。
名誉勲章は『戦闘において勇敢な行為をした、もしくは自己犠牲を示したアメリカ軍人』に対して叙勲されるものだ。アメリカ軍においては最高位の勲章である。日本人であるイサミが叙勲されるのは異例中の異例のことである。
そここまで聞いただけでもイサミは頭が真っ白になった。
「……マジ……?」
「ああ」
様々な手当てがあることをざっくりと説明したスミスは、最後にこれだけは、とイサミに告げた。
「ステイツの軍には、名誉勲章を付けている相手に対しては、先に敬礼をしなければならないという暗黙の了解があるんだ」
「は?」
全く聞いたことのない風習を教えられ、イサミは戸惑う。スミスにとっては常識なのだが、イサミの反応が新鮮に見えた。
「キミが叙勲された時にも、周りから敬礼されると思うが、絶対に先に敬礼してはダメだぞ」
「なんだよそれ……」
そういう風習だから、という言葉で説明をされてもイサミは頭を抱えるしかない。
「……あー……俺ぜったい、忘れて先にやっちまいそうだ……」
自衛隊の中ではまだまだ下から数えた方が早い階級の自分は、反射的に相手へ敬礼をする癖がしみこんでいる。スミスもそれは分かっているので、苦笑を浮かべた。
「叙勲式までまだ日があるだろうから、心づもりだけはしておくといいかもな」
「おう。聞いといて良かったよ。サンキューな、スミス」
何も分からない状態では不安しかなかったが、スミスに話を聞いて若干その不安が薄まったイサミであった。
***
そしてそれからほどなくして、ハワイで名誉勲章の叙勲式が開催された。まだ復興半ばなので大掛かりなものではないが、ATF隊員がまだ多く集うハワイでの開催となった。それはひとえに、ATF隊員たちに叙勲の様子をちゃんと見せようというキング大将の心配りと、それに応えたアメリカ大統領の心遣いあっての実現であった。それは分かる。とても粋なはからいだ。自分が主賓でなければ、とイサミは自分に用意された控室で思っていた。
(アメリカ大統領から直接叙勲されるって聞いてねえぞ……っ!)
自衛隊の礼装を身に纏ったイサミは、これ以上ないほど緊張していた。部屋の中で落ち着かずにウロウロとしていると、扉が3回ノックされた。返事をすると、入ってきたのはスミスだった。彼もまた式典に参加するため、海兵隊の礼装を身に纏っている。ATFで活動していた時はTSに乗るための軍服か、ラフなTシャツとハーフパンツという姿しか見ていないイサミは、初めて見たスミスの礼装姿に目を奪われた。もともと素材がいい容姿に加え軍人として鍛え抜かれた身体をしている彼に、礼装は大変良く似合っていた。率直に言ってカッコイイと思う。言わないが。
イサミの視線に気づいたスミスは不思議そうに首を傾げる。
「? どこかおかしいか?」
てっきり自分に何か変なところがあるのかと思い聞いてくるスミスに、イサミはいつものコイツだ、と安堵した。こっちが見惚れているとは露ほども思ってないのだろう。
「いや別に」
特に問題はないという答えを得て、スミスは頷く。そして視線をイサミに向けてきた。上から下までジッと値踏みされるように見られ、イサミは不機嫌そうにスミスに問い掛けた。
「なんだよじっと見て」
問われたスミスはハッとして慌ててイサミに答えた。
「ああ! いや、その……キミのその恰好、最高にCoolだな。すごく似合ってる」
スミスの率直な賛辞の言葉を聞き、イサミは何と返せばよいか分からなかった。羞恥を感じつつ、スミスから目を逸らし、小声で答える。
「……どうも……」
おまえだって似合ってる、とは思っていても口に出して伝えられないイサミだった。
そんなことをしていると、扉が再びノックされた。こちらは礼装ではなく普通の軍装姿のヒビキ・リオウ3尉が呼びに来たのだ。
「イサミ、そろそろ時間だから……って、やっぱりスミスもこっちにいた」
ヒビキに言われ、スミスは肩を竦めた。
「どうも1人でいると落ち着かなくてね」
「会場の準備は完了してる。さ、行きましょう」
「ありがとう。行こうか、イサミ」
「……ああ」
イサミとスミスは、主賓として叙勲式の会場へと向かうのであった。
***
叙勲式は無事に終わり、その後、ATFのメンバーのみが参加する祝賀会で、改めてイサミとスミスは壇上で挨拶をする機会を与えられた。何も聞かされていない状態で話を振られイサミは顔を強張らせたが、それを見たスミスが先に差し出されたマイクを手に取った。そして会場を見渡し、青い髪の少女に向かって手を差し伸べた。
「ルル! ステージへ来てくれ!」
「ガピ?」
周囲の視線を受けルルは戸惑ったが、傍にいたヒビキとミユに促され壇上へ上がった。同じく壇上にいるスミスとイサミの近くに立ち、共に戦った仲間たちを見渡す。ルルがこの場にいる事情──最終決戦を戦ったことを知っている者しかこの場にはいない。全員から感謝と尊敬の眼差しを向けられ、ルルは面映ゆい気持ちになった。
傍にいたスミスはルルに近づき、彼女と真っ直ぐ向き合う。
「スミス?」
スミスは自分の首に掛けられていた勲章を自分の手でとり、ルルの首に掛ける。
「これは軍人じゃないキミに与えられないものかもしれない。でも、こうすることは、きっと誰も反対しないと思う」
「スミス……」
「キミとスペルビアの勇気がイサミを助けてくれたんだ。本当にありがとう」
スミスがそっとルルを抱きしめ、彼女と、彼女の相棒への感謝の言葉を紡ぐ。
「うん……うん……っ!」
スミスの言葉を聞き、改めてルルは己の誓いを果たせた実感を得た。スミスを力強く抱き締め返す。
(オジサマ……ルル、やったよ……! イサミとスミス、ブレイバーンのこと、救えた……!)
見ていた仲間たちも、賛同の気持ちを込めて大きく拍手をする。
(それなら……)
スミスとルルを見ていたイサミが、後ろからスミスに声を掛けた。
「スミス」
「うん?」
ルルを解放したスミスがイサミを振り返ると、自分がルルにしたように、イサミから勲章を首に掛けられた。
「イサミ?」
自分は先程同じものを貰ったんだが……と戸惑うスミスに向かって、イサミが言う。
「おまえがルルとスペルビアに勲章を渡したいと思ったように、俺も渡したい。ルイス・スミスとブレイバーンに」
長いようで短いあの戦いを共に戦い抜いた俺の大切な相棒なのだから。言葉にせずともその気持ちは伝わったようで、スミスはイサミに頷く。
スミスは左手で掛けられた勲章に触れ、
「……ありがとう、イサミ」
イサミに感謝の言葉を伝える。こうやって誰かの勇気が誰かの助けになり、それらが繋がり合うことで、結果的に世界は救われたのだと思える。自分の勇気も、たとえわずかでもイサミの力になれたのだと、この勲章が証明してくれているようだ。
(プレジデントから勲章を貰った時より、今こうしてイサミから貰った方が嬉しい、なんて──)
ステージ上で共に喜び合うイサミとルルを見て、スミスは改めて、自分がこの世界に戻ってこられた奇跡に感謝をするのだった。