最高機密(CP要素なし)ダリルバルデ。ジェターク社が製作した次世代型ドローン兵器の運用を前提とした第5世代実証機である。実証機とは新しい技術の有用性や実現性を実証実験するための機体である。視察で訪れた場所でその赤い機体を見上げ、グエルは近々この機体の動作テストを行ってもらうという話を現場責任者から説明を受けていた。機体性能や装備品の説明を聞いていたグエルは何気なく相手に問い掛けた。
「『ダリルバルデ』ってカッコいい名前だな」
「!」
現場責任者もその隣にいた部下と思しき技術者も緊張で顔を強張らせた。しかしグエルは機体に目が行っていてその様子には気づかず、さらに問いを重ねる。
「これって父さんが付けたのか?」
グエルが答えを期待して現場責任者に顔を向けると、相手はあからさまにグエルから顔を背けた。
「あーーーっと、その、えっとですね御曹司……」
「違うのか? ウチのMSの名前は大体父さんが付けてたから今回もそうだと思ったんだが」
グエルは自分で質問をしておきながら、この期待が正式な製品ではなく実証機であることを思い出した。
「ああ、そうか、これは実証機だから違うのか? デスルターもディランザもカッコいい名前だよなぁ。俺、大好きだよ」
次期CEOを継ぐ御曹司に無邪気に言われ、現場の人間としては光栄と思わざるを得ない。
「だからこのダリルバルデも父さんの命名なのかなって思ったんだけど……」
「ああああえっとですね御曹司、こ、これはその……企業秘密と申しますか何というか」
「? 俺にも秘密なのか?」
身内だぞ俺は、と憮然とした表情になるグエルに対して現場責任者は苦しい言い訳をする。
「まだ正式にロールアウトしておりませんので、仮称というかなんというか……」
「そうなのか」
グエルはその話に納得をした。
「でもこの名前、俺は気に入ったから、できればそのまま使って欲しいな」
笑顔で希望を伝える御曹司に、
「……担当者に伝えておきます……」
現場責任者は力なく返答をした。
よろしく頼むな、と念を押す御曹司はそこに隠された事実を知らない。次の現場へと向かっていった彼の背中を見ながら、現場責任者は隣にいる技術者と目配せをした。期せずして二人で息を吐く。
「いや~~さすが御曹司。そこに目をつけるとはなぁ」
「最高機密(トップシークレット)だからな」
ダリルバルデの名前を付けたのはグエルの想像通り、CEOのヴィムである。それはそれで特に問題ないのだが、ではなぜそれが最高機密になったのか。
「別に言ってもいいと思いますけどねぇ。いい名前じゃないですか、ダリルバルデ。2人の名前をつなげたっぽいですけど」
「まあな」
技術者には話していないが、現場責任者はその裏事情を知っている。ダリルバルデは普通に見ると人名をつなげただけに見えるが、地球で昔使われていた古い言葉で、『最愛の人』とかそんな意味らしい。CEOは特に何も言わなかったが周囲の人間にはバレバレであったため、
『命名したのが誰なのか、どういう意味なのかは、グエルやラウダの耳に入らないように最高機密とする』
というお達しがあったのだ。
(隠したところで時間の問題な気がするがな)
グエルもラウダもバカではない。恐らくいずれは自分たちで調べて言葉の意味は察してしまうだろう。その時の彼らの様子をぜひ見てみたいものだ、と現場責任者は微笑ましく思うのだった。
地球から宇宙への軌道エレベータの中で、グエルはやることもなく施設をウロウロしていた。そこで目に留まったのが地球の文化を紹介するコーナーだ。考えてみれば地球ではほぼ拘束されていて何かを見るということもなかった。せっかくなので、と何かを見てみようかと足を止めた。
「昔はこんなに地球では言語が使われてたのか」
今では公用語くらいしか使われていないのだが、昔は地球では多くの人種・言語が溢れていたという。同じだったり似たスペルでも言語によって意味が微妙に違っていたり、別の意味を含んでいたりと、多様だったらしい。
「面白いな」
自分の名前を試しに打ってみたところ、人名ではあるが発音が違っていたりする。知っている単語をいろいろと入れてみるか、とグエルは端末を操作した。最終的にはジェターク製のMSの名前を入力していた。
「デスルター、ディランザ、は普通に名前なんだな。じゃあこれは」
実証機として以前乗った機体、ダリルバルデ。何気なく入れた単語の意味を見て、グエルは言葉を失った。
ダリル――男性に対しての最愛の人の意
バルデ――選ばれた、強い、たくましいという意
昔そういえば、とグエルにとある記憶が思い起こされた。ダリルバルデの視察をした時にこの名前のことを聞いて、はぐらかされたことがあった。特にその時は何も思わなかったが、これは間違いなく父が付けた名前だ。そして意味もこの通りなのだとしたら。
「父…さん……」
想いが涙になって目から溢れそうになった。グエルは慌てて目を擦る。
(俺は本当に何も分かってなかった。父さんの気持ちも、思いも。父さんだけじゃない。ラウダの気持ちも、周りのみんなの気持ちも何も)
ダリルバルデ――父さんの思いの詰まった機体。もうそれに乗ることはないだろうけど、いつか、また会える時があったらその時は――。
グエルは父の想いに触れられたこの偶然に感謝をするのだった。