決闘委員会への誘い(CP要素なし)「おい、聞いたか今年の新入生の話?」
「聞いた聞いた。御三家の後継者たちが揃って入学したって…」
「全員同い年とか意味わかんねぇ」
ベネリットグループを支える御三家といえば、「ジェターク」「ペイル」「グラスレー」の三家だが、今年アスティカシア高等専門学校に、その後継者たちが揃って入学を果たした。
グエル・ジェターク、エラン・ケレス、シャディク・ゼネリの3名は入学前からその名はすでに全生徒に周知されていて、注目されていた。
「いずれは寮長になって決闘委員会も仕切ってくんだろ、さっすがベネリットグループの御三家ともなると、扱いが違うよなぁ」
「決闘委員会の方はもう入れ替わるって話だぜ」
この学園には特殊な制度が存在する。理事長であるベネリットグループ・デリング総裁が決めたもので、学園での生徒同士の揉め事を解決すべく定めた制度である。お互いの主張を賭け、MS戦を行い、敗者は勝者の要求に必ず従う義務を課せられる。その決闘を取り仕切るために設立された、学生主導の組織が『決闘委員会』というものだ。そしてその決闘の勝者のなかでも特に優れたパイロットのみに与えられる称号を「ホルダー」と言って、この学園では一目置かれる存在である。
今、決闘委員会のラウンジには、現在の決闘委員会筆頭、ブリオン社の寮長と現在のホルダーが、グエル・エラン・シャディクの新入生3名を迎えていた。
「ようこそアスティカシア高等専門学校へ。入学を歓迎するよ、グエル・ジェターク、エラン・ケレス、シャディク・ゼネリ」
「歓迎ありがとうございます、先輩。まだ入学して間もないため、分からないことばかりです。ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「……よろしく」
三人の中でシャディクが礼を述べ、グエルとエランはそれに続いて挨拶をした。
ブリオン寮長は自ら名乗り、隣にいる現ホルダーを紹介した。こちらもブリオン寮所属の生徒だ。
「彼が現在のホルダー。こういっては何だけどかなりの腕前だよ。キミたちも一度挑んでみるといいと思うよ」
すると今まで無関心げだったグエルの表情が変わった。期待に満ちた目でホルダーを見上げる。
「ぜひお願いします、先輩!」
「おお、いつでも挑んでこい!」
後輩に、ましてや御三家であるジェターク社の御曹司にそんな風に言われ、ホルダーは悪い気はしなかった。
「それじゃ今日は顔合わせってことでここまでにしよう。僕らは他の用事があるのでもう行くけど、ここを見学してもらって構わないよ」
ブリオン寮長とホルダーが揃って部屋を後にすると、シャディクが慣れた手つきで部屋にロックを掛けた。グエルとエランはシャディクが頷いたのを見て、今までの猫を被っていたような大人しい姿勢を崩した。
「あ~~~~~鬱陶しいなあもう! 何が決闘委員会だよ!」
エランは長ソファにダイブして横になる。
「うっわ、硬っ、なんだよこのソファ、めちゃくちゃ硬い」
「そんなところで寝るなエラン。身体を痛めるぞ」
グエルがエランとは別のソファに腰を掛ける。
「まあまあ、追々ここの設備は入れ替えて行ってもいいかもね」
シャディクは部屋の奥にあったサーバーからコーヒーを3つ持って来てテーブルに置いた。
「お、さっすがシャディク♪ 気が利く~」
「ありがとうシャディク…これはいい香りだな」
「いい豆が置いてあったよ。グエルも気に入るんじゃないかな?」
コーヒーの香りを楽しみ、グエルは一口味わう。
「うん、うまい」
「どれどれ。あ、僕はミルクとシュガー入れてね」
「はいはい」
エランにせがまれ、シャディクはカップの1つにミルクと砂糖を入れてかき混ぜ、起き上がったエランに渡した。エランは受け取り、冷ましながら飲む。
「悪くないね。さすがは決闘委員会」
「ミルクと砂糖を入れた段階で、ほぼコーヒー牛乳だろ。悪いも何もあったもんじゃない」
「いいの! 僕はこれが好きなんだから!」
グエルとエランのやり取りを聞きながら、シャディクは決闘委員会として必要なデータに目を通していた。一読して理解できる程度の簡単な内容だった。
「委員会の内容は後で説明するとして、とりあえず『拠点』が確保できたのは大きいね」
「ああ」
「そうだね」
3人は顔を見合わせ、喜び合う。外では決して見せない、気の置けない友人へ向けるそれだ。
「寮が違うから焦ったよな~~~まいったよもう!」
「だな…あ、そうだ。ラウダもここに入れるようにしたいんだが、ダメか?」
「いいんじゃない? 先輩方がいる時はまずいかもしれないけど……まあでも、彼もジェタークの人間だしね、問題ないと思うよ」
「うん。仲間外れは嫌だ、ラウダも呼ぼうよ、てか会いたいし!」
「ありがとう、伝えておくよ」
エランとシャディクに賛成されたので、グエルはほっとした。自分の弟が彼らにも受け入れられていることは純粋に嬉しい。
コーヒーを飲んで一息ついた3人は、ダラダラと雑談を続けていた。
「あ~もうグエルはいいよなぁ、ラウダがいるから全然心細くないでしょ」
「そうだな。確かにラウダが一緒だから不安は全くない」
「なに? エランは心細いの?」
「そりゃ……今まで1人で寮生活なんてしたことないし、周りは知らない子ばっかりだし」
入学するにあたって不安だった点をポツポツ語るエラン。
「ペイルの後継者になってからいろんな人が擦り寄ってきて気持ち悪い。グエルは産まれた時からずっと『こう』だったんでしょ? 信じられないよ」
「まあ、うん、そうだな。あまり自覚はないが」
御三家の後継者といえども、事情は三者三様だ。
グエルはジェターク家の嫡男として産まれたため、産まれた瞬間から後継者として認められ、そのように育てられてきた。
エランやシャディクは数多い後継者候補から選ばれて後継者となった。時期はエランの方が早く、シャディクに至ってはごく最近だ。エランの場合は適性を鑑みて決定され、シャディクは己の振る舞い・実績から認められた。故に、いつ後継者として外されるかという不安が全くないわけではない。
とはいえ産まれてすぐに後継者として認められてきたグエルが何もしていないかというとそうでもない。父親に認められたいという一心で己を律して研鑽している。結局のところ、他の人間から見ると恵まれた何もかも持っている地位に胡坐をかいているように見えても、彼らは彼らなりに必死で己の居場所を確保するために頑張っているのだ。
「グエルは少し危機感を覚えた方がいいとは俺も思うけど、お前はそれ以上に周りへの影響力がすごいからなぁ……」
「どういう意味だ? 俺は別に何もしていないが」
グエルは本質的に善人だ。先ほどのホルダーとの会話でもそうだったのだが、裏表のない好意を相手に与えることにためらいがない。しかも無自覚にそれをやってのけるところが、グエルのすごいところだ。これがカリスマってやつなのかな…とエランとシャディクは思わざるをえない。
「……無自覚に周囲の脳を焼いていくのも考え物だねぇ……」
「……ホントホント……」
「おい、なんだよ! 本当に俺が何かしたのか!?」
グエルは自分が2人を傷つけるような真似をしたのかと不安な表情をする。それを見てエランは笑い、シャディクは苦笑をして説明した。
「グエルってばさ~もう~そういうとこ~~~」
「なんだよ『そういうとこ』って……」
「ああ違う違う。グエルは何も悪くない。グエルの『そういうとこ』は、俺もエランも大好きだってことだから」
シャディクから真っ直ぐに好意を向けられ、グエルは先ほどまでの不安な気持ちが払拭された。
「……あ、うん、なら、いい……」
「なんだよ照れるなよ~グエル~」
「照れてねえ!」
グエルとエランの微笑ましいやりとりを眺め、シャディクはこれから毎日こんな生活が送れるんだ、とワクワクする気持ちが抑えられなかった。3年間という短い時間だが、きっと楽しくなるに違いない。シャディクはこれから先の楽しい学園生活に想いを馳せるのだった。