まだ少し早い夕陽が落ちかかり、最終下校時刻の校内放送が始まったところだった。
一階の渡り廊下を「お疲れ様」と会釈してすれ違いざまに呼び止められて、振り向くまもなく小さな手が背に当てられる。
「動くな」
「なんだ?」
「動くなと言っている」
リヴァイ先生の手は背から右の脇腹へとジャージを伝って移動した。部活後だ、エルヴィンの汗も埃もたっぷりと吸っている。
「汚れるぞ」
リヴァイはそれには応えずいつも通りの涼やかな白衣姿を翻し、そのまま足元にしゃがんだ。何をしているのかと肩越しに覗こうとしても、辛うじて黒髪の真ん中に鎮座する可愛らしいつむじしか見えない。
直ぐにリヴァイは立ち上がり、再びエルヴィンの腰に指を当てた。そのまま上につつと指先を立てて這わせてくる。
「くすぐったいよ」
「動くな」
同じことを3度言わせたため警告の声音が限界を越えようとしている。エルヴィンは大人しく両手を挙げて耐えることにした。
「よし、いい子だ」
どうやら合格点をもらえたらしい。
「もういいぞ」
エルヴィンの背から離れて脇をくぐり、前に回ったリヴァイが「ほら」と軽く握った右手を差し出した。青々とした若葉が一本摘まれている。――その中程に丸い何かが付いている。
エルヴィンの視線の先で、その赤地に黒斑点の小さな虫は茎をどんどん上って行き、頂の葉を掴むとサッと硬い羽を開いて上空へ飛び立った。
「お疲れさん、じゃあな」
天道虫を背から逃してやったのだとエルヴィンが気がつく前に、数歩行きかけたリヴァイはまた何かに気づいたように小走りで戻って来た。
「忘れ物だ、やる」
先ほど摘んだ葉をエルヴィンのジャージの胸元に刺してリヴァイは言った。
「ちょっと摘むのか早かったみたいだ」
そこには3枚の葉と、小さく広がり始めた4枚目の若葉が付いていた。