【空蝉日記 短編】ポジション・トーカー「これ、良ければ皆さんで頂いてください〜!」
僕が鞄から菓子折を取り出して二ッコリと微笑むと、先程まで各々の作業をしていたスタッフ達の目線がこちらに集まり、一斉にお礼の言葉が飛んできた。
今日は様々なアーティストが集まる音楽雑誌の取材のお仕事。見慣れぬ同業者やスタッフさんともすぐ打ち解けられる自身の社交性には自分事ながら感謝している。
同じバンド仲間の陽太さんは完全に人見知りを発揮して、ずっと楽屋の隅でスマホと睨めっこしているが。対して、最年長の心咲さんは関西のノリ全開で早速周囲に絡み倒している。昔は引っ込み思案だった澪ちゃんは、やはり緊張している様子だが以前よりリラックスした表情を浮かべていた。
僕の得意な人間観察。仕事場で好感度稼ぎしたり、仲間の精神状態を確認したり。やっぱり僕はリーダーだからね〜、今日も大忙しだ。
さて、そんな事を思っていると、まったりモードだった楽屋のドアが突然ノックされた。現れたのは、この界隈でも大御所と言える名の知れた男性歌手だった。最近はコメンテーターとしても活躍しているようで、僕もその存在は知っている。
「あぁ、はじめまして。Usher of Tripさんですよね。」
「あっはじめまして!リーダーでボーカルやってます、雨音 冬斗です!」
元気よく大きな声で挨拶する。
今日は目の前の彼と楽屋が一緒だとは事前に聞いていたので、この状況は想定済みだ。
僕が挨拶をしたのを皮切りに、陽太さん達他のメンバーもそれぞれ順に辞儀を済ますと、
彼は『うん、よろしくね』の一言で返した。
……まぁ、活動歴で言ったらこんな感じで軽くあしらわれるもんなのか。
───なんか癪に障るな、コイツ。
「おれさ、ネットのそういう流行りもん?今どき?の音楽ってあんま知らないんだけど、こういうのに呼ばれるってことは多分みんなも人気者なのよね。」
「いえいえ、私達なんてまだまだ活動したばかりですので……。」
「あぁ、えっと、何年だっけ?」
「あっ、今年で6年になります!」
「6年……わっけーな。」
心咲さんの返答に、軽く笑いながら答える彼。
うん、まぁ僕のことだからね、何となく分かるよ。この『若い』を正確に翻訳すると、『所詮まだまだお子ちゃまだな。ちょっと流行っただけで調子乗んなよ。』だってことに。
「そうなんですよ〜我ながらまだまだ新参者だなって思います!でもお陰で若い子達のファンが多いんで、話題性とかは作りやすいんですよね。」
「ふーん。おれ、君らの曲ちょっとだけ聴いたんだけどさ、なんかこう……すげぇわちゃわちゃしてて尖ってる感じよね。」
「まぁ今の音楽業界は飽和状態なんで、それぐらい尖っていないと人の目に付かないってのもありますねぇ。」
──傍から見れば、普通の会話。
しかし実際は、熾烈な牽制。
正直僕は、活動歴とか大御所とかそういうのに興味は無い。売れる奴が売れる。それだけだ。
邪魔な奴が入れば押し出すし、利用出来そうな奴が居れば仲良くする。害が無さそうな奴には優しくして恩を売っておく。コイツと仲良くしても、僕らに……いや僕に、利益は無さそうだな。
というか、単に気に食わない。
「若い層の人気が取れないと、大変でしょ?」
突然タメ口になった僕に、驚きと焦りを交えた顔の陽太さんと澪ちゃんが横目に映る。心咲さんは、僕のこういった一面には慣れてるようで焦りより呆れの感情が強そうに見えた。
「……さっきからちょっと思ってたけど、その軽い態度さ、喧嘩売ってる?6年如きが。」
「逆にたったの6年でここまで来れたんですよ?30年以上活動してる貴方の名前、今や殆どネットで見かけないですよ。長いだけでしょ。」
突き刺すような緊迫した静寂は、最終的に相手の『もういいわ』という冷たい返答によって締め括られた。彼が楽屋を出ていったことにより、再び部屋には四人だけが残された。
「……お前、なにやってんだよ。相手、誰だと……。」
「あはは、ごめんなさいごめんなさい。ちょっと頭に血が昇っちゃって。」
「はぁ……この後どうなるか分からんよ。」
「本当ですよ……下手したら、今後の活動にも支障が出る恐れが……。」
「大丈夫大丈夫、味方なら僕らの方が多いし。」
僕の発言に、他の三人は顔にはてなを浮かべた。
そう、人心掌握と情報統制の術なら心得ている。僕らのことも知らないぐらい流行りや噂話に疎い相手なら、幾らでも翻弄出来るだろう。
僕のファンは、僕のこと大好きだからさ。
───その後、あの男にスタッフや共演者へのパワハラ疑惑の噂が流れ、一時活動謹慎となったのはまた別の話。どうも、掲示板やSNSでその類の情報が流れ始めたのだとか。
事の発端は、彼が僕らUsher of Tripとの間に揉め事を起こしたという噂にこちらのファンが激怒して、大量の書き込みがなされたことらしい。
うんうん、今回も上手くいった♪
ん?一体何をしたのかって?
えっへへ、そんなの僕の秘密だも〜んっ!