【空蝉日記 短編】秋の契りは三の月に「うっわ寒っ。」
突然吹き付けてきた秋風に身を震わせつつ、身を守るようにして両の腕をさする。先月までは強烈な猛暑だったのに、もうすっかり気温が下がってきた。過ごしやすいと言えば過ごしやすいが、如何せん寒がりな僕としてはこれはこれで堪える。
赤く色付いてきた通学路を歩いていると、少し先にもう一つの赤が見えた。
「叶夜〜。」
「……?おー。」
歩み寄りながら声をかけると、その赤髪はイヤホンを外しながらこちらを向いた。
「お互い部活やってないから僕らだけ帰るの早いよね。」
「ん。まぁお前は転校してきたばかりだし。」
「今の時期、外で部活してる皆は寒いよね〜。」
「な、怜音先輩とか特に寒いの苦手って言ってたし。」
他愛もない話をしつつ、お互い特に気を張ることもないままゆったりと歩幅を合わせる。普段は口達者で揶揄い好きな叶夜は、なぜか僕と居る時だけぶっきらぼうな態度だ。
「あっ月出てる。」
──ふと見上げると、日が落ちるのが早くなった旻天に、白い薄月が浮かんでいた。
「…………十三夜。」
「ん?」
「いや、今日、9月13日。」
「あ〜……。」
それだけ言って、叶夜はぼーっと空の月を眺めたまま歩を進める。おいおい前見ないと、なんて言いたくなるが、横から見たその瞳はまるで誰かを探し求めているかのようで。
「……叶夜さぁ、寒いの平気〜?」
「ん〜、まぁ僕は平気。今の時期が一番好きかな。」
"月がよく見えるから"。
そう続けて言った叶夜の顔は、全くもって無表情だったけど、その下には影が揺らいでる気がした。
……こういう所があるのだ、彼は。
幼い頃に両親を亡くした叶夜は、「月」を見付けると、そこに亡き親の面影と思い出を重ねるようだった。
それ以外にも、彼が「月」を特別視しているのには特殊な事情があるのだが。
「……月待塔っていうさ、経典を唱えて月を拝み、悪霊を払うって行事があるんだけど、」
「?うん。」
「日本伝統のものなんだけど、今度僕の故郷でもやるらしくてさ。その経典は、星月家の……僕が読まないとダメみたいで。だから、来月の頭、ちょっとだけ、帰省する。」
「……そっか。」
大丈夫なのだろうか。最近は少し精神的に安定してるように見えるとはいえ、両親の死に関しては軽いPTSD症状すら発症していた彼だ。
「…………。」
「…………叶夜〜。」
「……ん?」
「来月さ、月見しよ。」
「…………は?」
そりゃそうなる。我ながらあまりに唐突だ。
でもなんだか、どうしても、あのままで会話を終わらせたくなかった。どうしても、あのまま放っておけなかった。
「いやほら、今日は十三夜じゃん?10月にも十日夜の月ってあるから、その機会にでもと思って。中秋の名月はもう過ぎたけどさ。」
「……別にいいけど。」
「もう来月はハロウィンだよね〜。あっ、お芋売ってるかな?見ながら食べたくない?」
「……うん。」
さっきよりも少しゆったりとした、落ち着いた微笑で返される。十五夜も十三夜も逃したけど、月はいつだってそこにある。見ようと思えば、いつでも。もちろん見えない日もあるけど、そこに居ることは確かだ。
人肌恋しいなんて言われる悲秋も、少し視野を広げてみれば、そこかしこに温かいものはあるのだから。