【空蝉日記 短編】去り人、その手を引き止められ。身体の節々に迸る疲労と流した汗を対価にして、一途に夢を追うようなお利口さんな連中は、どうも暑さには強い生き物なようだ。
俺は久しぶりにやって来たサッカー部の運動場のベンチに寝転んでいた。
もうすぐ公式試合だから部活に来いと"双子の兄(アイツ)"に言われた俺は、嫌々練習試合に出ては部員らに『そんな手抜かなくたっていいんだぜ?』と煽りの言葉を浴びせた。
やりたくもないことを半ば脅迫紛いにやらされたことへのストレス発散だった。
アイツの命令に従う義理なんて無かったのに、それでも来たのは、同じ部員の永介……あいつのせいだっつーのに。
「ふぅ〜、怜音お疲れ様〜っ!はい、これドリンク!」
と、噂をすれば早速話しかけてきた。寝転ぶ俺に、女子共をはべらかすには最適なその顔面と暑苦しい茶髪を覗かせた。
「おぉ。てかなんでお前が持ってくんだよ、普通マネージャーの仕事だろ。」
「だって〜カサネに話しかけられたら怜音怒るだろ〜。」
そう言って永介は笑う。俺は体を起こして手渡されたドリンクを味わっていると、傍からじーっと目線を感じ、思わず癖で睨みつける。
「んだよ。」
「いや、腕のそれ、喧嘩?」
「あ?見たまんまだろ。」
そう言って、永介は俺の左腕の生傷に目をやる。別にいつもの事。それなのに。
「やべっ、包帯取ってくるわ。確か部室だったよな……。」
「あぁ?これぐらい痛くも痒くもねーっつーっの。」
「ほらでも、痛くはなくても傷口から菌とか入るかもじゃん?」
そう言い残しその場を後にした永介は、ものの数分で部室から戻ってくると、手に持った包帯を俺の腕に巻き始めた。
「っ!!いいっつーの、うっぜーな!」
思わずその手を振り払うと、永介は少し寂しそうな顔を浮かべた。
「あはは……悪い悪い。オレが好きでやってるだけだから気にしないで。"友達の怪我した姿、見たくないだけだからさ"。」
すると、また再び俺の腕に包帯を巻き始めた。
あーそうか、コイツはこういう奴だった……こうなったらもう何言っても聞かねーわと思い、呆れと諦めの感情が同時に来た俺は、そのまま身を委ねることにした。
そんなコイツの姿を見て、ふと、あの時の言葉を脳裏で回顧した。
『お前が練習試合来ないって、部員の皆とか大分焦っててさ!ははっ、本当お前ってうちのエースとして頼りにされてんだなってなんか実感したわオレ!
……オレさ、次の大会でも優勝して一緒に歓声浴びてるお前の勇姿見たいから、やっぱり練習来てくれるのって……無理、か?
いや本当、単純にその場にお前が居たら"三羽烏"も他の部員の皆も揃うし、なんか熱くて良いな!って思ったっていうオレのワガママだからさっ───!』