第83回お題【重陽の節句】 東海国、金華山の頂にそびえ立つ王宮から雲海を下ってあるのは、禁軍の長である長可の屋敷である。
屋敷といっても禁軍の大将となれば、その広さは蓬莱でいうなら村と変わらず、慣れない者などは一日そこにいる賢明だと己のに与えられた仕事をこなしながら、徐々に屋敷の構造を覚えていく。
その長可の屋敷に訪れた春は、使用人達の間で毎夜のように話題に上がる。
里木から人がなるこの世界で婚礼とは、天が選んだ夫婦の結びつきだけで、なすものである。
だが長可が選んだ嫁はようやく正丁を迎えたような青年であった。
長可も見た目だけなら嫁御と年は変わらないが、彼は不老の仙である。
不思議に思っても長可の主、すなわち主上である信長が認めたのだから一介の下働き達が何を言おうとも無駄である。
「まぁ旦那様が選んだ嫁さんだ、大事にしていこう」
「そうだな、めおとであれほど似るというのも神がそうなさったのだろう」
禁軍が動くような戦など久しくみていないが、いつかのとき、紅い髪を靡かせ妖馬に騎乗する長可を使用人達は恐れはあれど嫌悪はなく、主人の帰りを待ち続けた。
その長可に似た赤毛の嫁もまた大切にお仕えしようと振る舞い酒である菊酒を飲みながら、めおとだけの重陽の宴が終えるのを待ち続ける。
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秋が深まる重陽には菊酒を飲み長寿を祝うのが古くからの習わしだ。
年を取ることのない仙にそれが必要かと言えば、否であるがこういったものを疎かにしては国が乱れると、主上自ら官吏に休みを取らせ屋敷で過ごすように命じたのだから、従うしかない。
「特におぬしは新婚なのだから、励めよ」
十五まで蓬莱で生きた信長を海客だと侮る官吏もいたが天帝が選んだ女王はそれらを蹴散らしては、彼女の無二の麒麟と共に国を治めている。
文官と劣らぬ文筆と治世を持つ長可にとって節句は親しい仲間を集め豊作祈願や長寿を祝い飲み交わすものであったが、今年はどういうわけか他の者がその役を買って出た。
「鬼の居ぬ間というやつ、部下も休ませてやれ」
「来年は嫁さんも連れてこいよ、」
ニヤけ顔、したり顔と好き勝手に話す仲間に手を振りながら、長可は屋敷へと戻る。
長可の羽織と同じ、桔梗色の空に月が昇る。少し肌寒く感じ、四阿ではなく離れにすればよかったかと長可は腰を浮かそうとしたところ、秋だというのに、庭の菊に混じり季節外れの梅の香りが漂う。
徐々に近づいてくる香りに椅子に座り直せば、にこやかに晋作が座る。
艶やかな赤毛を短く切りそろえ、未だ花嫁衣装を脱いでいないような深紅の旗袍からすらりとした足を悪戯な秋風が覗かせていく。
「いい夜だね、何か一曲弾こうか」
蓬莱から伝わったとされる三味線は晋作が得意とする楽器だ。こちらの胡弓とは少しだけ淡い音色のそれは心地よく長可を魅了する。
「今日は良い、花とお前だけ愛でてぇからな」
「……っ君はそういうこと簡単にいうのはズルい」
惚れてしまうよと晋作が口を尖らせれば、梅の香りが一層濃くなる。
季節外れの香は野暮になるが晋作の場合、己の香りなのだがら仕方がない。
特異体質、麒麟が転変するように妖魔が人の言葉を話すように晋作の躯は生まれつき花の匂いで満たされていた。
東海よりさらに西に位置にする長州で、梅の奇才と称された一人の少年がいた。
主上の覚えもめでたい少年はいずれは冢宰になるのではないかと周りから期待されていたがそれがある日、忽然と姿を消した。
それが晋作だ、大学へと進学するために入った少学からの帰り道人さらいにあった彼は流れて東海の妓楼に売られた。
容姿は別嬪、衣服にまで梅の香りが染み、彼の体液もまた甘露であると売り出された晋作は、多分に痛めつけられたせいで、尊厳をなくしただ生きるためにそこに留まるしかなかった。
たが全てを失ったわけではない、晋作の執念か運命が彼に味方をし、足抜けの途中、禁軍の大将である長可と出会い、見事に妓楼から抜け出すことが出来た。
運命の出逢いと、二人が恋に落ちるまで時間はかからなかったが、問題はまだ残っていた。
晋作の戸籍は長州にあった。
彼の身を案じる主上と両親からの嘆願で王宮で働く下官として仙籍に入っていたため、妓楼の折檻や辛い仕置きにも耐えることが出来た。
十四の年から数年、成長することなかった晋作は、未だ少年のままであり不憫であるという建前とそう簡単によその国にはやれるという毛利の言葉で一度晋作は、長州へと戻った。
それから数年、大学へ入った晋作と文を交わしながら長可はじっくりと愛情を深めていった。
閑話休題
紆余曲折を経てめおとなった二人に訪れた、最初の重陽の節句。陽と陽である二人にとっては夫婦の契りを交わすのにこれほど相応しいものはない。
女王である信長も麒麟の蘭丸を寵愛しているためこの国では比較的に同性同士の結びつきに口を出す者はない。
いるかどうかも分からぬ天上の神よりも己を信じる長可にとってはいつ交わしても問題はないし、これが初夜というわけではないが、なんとなくそういった雰囲気を出さねば気まぐれな晋作がヤケを起こしそうな気がしたからだ。
庭花を楽しんだ後、己の羽織を晋作にかけると長可は庭園を離れ閨へ向かうと、ぬくい布団に晋作を押し倒し、森は酒を含んだ
「あ……ふ、森君……」
菊の花を漬け込んだ酒にさらに香茶でも使う菊花を浮かべれば香りが一層深まるというのに、どこまでも梅の香りしかしない部屋で晋作の躯を貪り、彼を慈しんだ。
「春風、」
「はぁ、あッ、あっ……今、呼ぶなよ」
春風は晋作の諱だ。その名を口にしていいのは限られた人間だけだ。
主上、名付けた親の他呼ぶのは長可一人だけ、こうして東海に来た以上この名を口にするのは彼しかいないと晋作は快感で紅くなった頬を別の幸福で朱くする。
「ずっと傍にいろ、」
今にでも消えそうな海の奥底に眠るような白い真珠のような肌が愛おしくもあり、恐ろしくもある。
何処にもやらないと晋作の痩せた躯を抱きしめ、長可は跳ねる心臓の音を確かめ、じくじくと晋作の柔らかな胎へ魔羅を埋めていく。。
「ああ行かないよ、僕の旦那様」
これで満足かと晋作が微笑むと長可はまだ足りないと、晋作の奥を叩いた。
「ッ、あッ、あ~~~……ッ!な、長可くん、あぁ、おく、あつい……」
甘く隠微な香りが部屋を埋め尽くすが、長可はそれよりも満たされる言葉を耳にようやく、晋作を解放した。
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「擽ったい」
男なのだから頬に当てなくてもよかろうと朝露を含んだ菊綿でまろい頬をなぞれば、晋作はぼそりと口にする。
「俺のモノを愛でて何が悪い」
全身全て自分のモノであるがほんの少しばかり病弱な身体は、その口から血を吐く。
それを高く売れると喜ぶ人間はもういない。
「独占欲が強いな……」
これで治るのであれば使う手立てはないと長可が囁けば晋作は、甘酸っぱい香りを放ちながら、頬を赤らめじっとしていた。