若者は分かってくれない ドクターTETSUは闇医者である。その患者は政治家や極道、時には今を時めく銀幕のスターなど多岐にわたる。いずれも医者にかかっていることを知られなくない、弱みを知られたくない、そんな理由で大金を積んで闇医者にかかるのだ。
そういうわけで。
「……ED治療薬?」
そういうことを望む患者もいる。
ドクターTETSUは半ば呆れたような顔でベッドの上の小柄な老人を見た。
「ンむ。この年になると勃ちが悪くてな」
カカカ、と笑いながら毛布越しにポンと己の股間を叩いて見せるこの男はその気さくな言動に反して現役極道の組長である。15年間この患者を見ているドクターTETSUに言わせればヤクザ者というよりもクラブやキャバクラのオーナーという印象の方がよほど強く、実際かなりの色好みだった。抱いた数と同じくらい抱かれた、というのだから筋金入りだ。
「最近しばらくドクターの世話にもなっていたしな、ご無沙汰だったんだがあいつが寂しがっていかん」
あいつ、と言われてドクターTETSUはこの家の玄関で自分を迎えた女を思い出す。組長より30ほど年下の愛人。長いまつげでけぶった瞳が寂しげに見えて、年を経るごとにじっとりとした色気を増す女だった。
「色と金で組長になったこの俺がそんな薬を使ってるなんざ知られるわけにもいかんからな」
眉間にしわを寄せ、しかしどこか面白がるように笑う老人は、医者の反応がないのを見てからかうような声を上げた。
「なんだ、ドクター。分からんなんて言いたそうだ。ドクターはまだお困りでないか」
ああそうか、とにやりと笑って裏稼業の男は言った。
「愚問だったか、たしかドクターは若い燕を囲っているとか。うらやましい限りだ」
若い燕。それが誰を示すのかすぐに理解してドクターTETSUは低く唸った。
「その舌と一緒にブツも引っこ抜かれてぇか?」
鋭く睨みつけるが、そこはさすがに極道の長、カラカラと笑って挙句の果てに若いなァなんて言い出す始末。とんだ狸おやじだ、と舌打ちしたドクターTETSUはぞんざいに「薬は出す」と言い放った。
「ただし、血行を良くして心拍数を上げるような代物だ。服用には注意しろ」
もちろんだとも、と言う言葉は信用できた。そのあたり、真面目で几帳面な患者だった。それなら良しと患者の部屋を出て玄関に向かうと、あの女がひょこりと顔を出した。
「ドクター、こちらつまらないものですけれどどうぞ」
差し出されたのは高級和菓子店の紙袋だった。
「あァ? いらねぇよ、報酬はもらってる」
「いえ、そうではなくて。私の個人的な気持ちとして。その……」
僅かに頬を赤らめて「お薬ありがとうございます」と丁寧に頭を下げられてさしものドクターTETSUもあっけにとられた。慎ましいようであけっぴろげなその態度に圧されて大人しく紙袋を受け取って玄関に置いていたブーツをはく。タイミングよく杖を差し出されたのはさすがに老人と長く暮らしているからなのだろう、と思ったところでふと自分の「若い燕」を思い出した。
30も年上の相手に世話を焼いて欲情する、あの男。容姿も良いのになぜか自分に執着している。
「あー……あんまり年寄りに無茶させるんじゃねぇぞ」
今一番あの「若い燕」に言ってやりたい言葉をかければ、女はあら、と口元を覆ってそれからコロコロと笑いながら「分かってます」と返事した。
(そりゃあ分かってない奴が言うセリフなんだよ……)
分かっていない、散々無理だといったのに「いけるでしょう」なんて低い声で囁いてあらぬところを暴き立てたあいつは。でもそれで散々よくなってしまった自分の体のことが思い出されて、結局女に見送られながら黙ってハマーに乗り込んだ。
「あー、くそッ」
ひとつ悪態をついて、ハンドルを切る。向かうは我が家、和久井譲介の待つ家まで一直線。