どっかの魔界の魔王城-最終話- この世界への扉は、物語を開いたときだけ開く。
閉じればこの世界など、どこにも存在しない。
休日の昼下がり。
大きい窓近くの、ゆったりとした談話スペース。
カーテン越しの、柔らかい陽射し。静寂が心地よい。
ポテチを食べる音と、ページをめくる音だけが淡々と。
ウンディーネは人をダメにしそうな特大クッションに、うつぶせに身体を預けている。ポテチをお供に漫画雑誌を読む。
ケルベロスは色違いの同じクッションを背もたれにして、傍らに積んだコミックに夢中だ。
もう一人、雑誌をめくる銀髪碧眼の青年がいる。彼は二人がけのソファを広々と使う。手製の抱きぐるみも一緒だ。カラフルな布をツギハギしたヘンテコ生物。世界に一つだけの相棒を、本人はいたく気に入っている。
長袖のトレーナーとダボダボのカーゴパンツは、ペンキの跡だらけだ。彼はおもむろに脇机に置いたポテチを箸で摘み、口に運んだ。
そこに一陣の突風、いや大竜巻が出現した。
大きなカーテンが舞い上がる。銀髪越しに半分隠れていた端整な顔立ちも垣間見えた。
それはミュージカルのセリフらしきものを歌唱しながら、猛スピードの大回転で迫る。「るーるるるーらーららー」
ケルベロスは柱の影に隠れてしまった。
銀髪がすっと立ち上がると同時に、人影の回転が止まる。
金髪碧眼の青年だ。彼は銀髪の青年と同じ顔をしている。身体のラインが映えるセットアップスーツをカジュアルに着ていた。
「シヅは人見知りなんだ、驚かさないでくれ」銀髪が苦言を呈した。
柱から顔だけ出す城の番犬に向かって、金髪はごめんねと謝る。
「またディナーで」と言い双子の青年は一旦部屋に戻った。
銀髪が双子の兄オンブルで、石の飛竜ガーゴイル。
金髪が双子の弟リュミエルで、蜘蛛アラクネである。
日常生活がたいへん不便なので、普段は二人とも人間の姿をしている。
リュミエルは転生してからもよく城を空ける。舞台の上が性に合うんだと言う弟に「リューと私は正反対だな」とオンブルはしみじみ呟く。
「オンちゃん、僕寂しかった」外は好きだけど一緒がいいよと再会を喜ぶハグ。反射的に手から糸、背中から蜘蛛の足が出かかる。いけない、ディナーを囲んでからだ。
夜の帳が降り、この世界は幕を閉じる。それぞれの夜が始まる。