かぎたん * 1 *
どこかの世界の、最果ての農村サイハテ村。
ある夏の朝。村外れにある大きな家。
そこに一人の少年が帰省した。彼は玄関の前で、手紙を見つめていた。
「キースへ
この手紙を読んでいるという事は、また鍵を忘れて帰って来たのね(母より)」
時は少しだけ遡る。
スペアの鍵を鉢植えの下に隠しておいたはずと、たかをくくっていた少年。慣れた手つきで鉢を持ち上げるが「無い!」
代わりに置き手紙があった。滲んだインクには母のうんざりも滲み出ていた。
鍵を忘れがちな少年が、この物語の主人公キースである。学園都市で剣術を専攻する剣士のたまご。人としてもヒヨッコ。家の鍵をまた宿舎に置きっぱなしにして、忘れてきたのだ。
手紙には続きがあった。「鍵のありかのヒント、まずは」
「まずはメルちゃんを訪ねなさい」
お家の鍵を探す世にもちっぽけな冒険は、ご近所散策で幕を開けた。ピンポーンと呼鈴を鳴らすと、少しハスキーな高めのかわいい声が返事をした。
* 2 *
久しぶりにメルヴィアを訪ねた。赤いワンピースにフリルのエプロン。
メルは俺の親父から手紙を預かっていた。2人で読む。
親父は魔法使いだ。魔法で書いた手紙には「魔女の館に行け」とだけ。どこまでも、ものぐさな親だ。追伸「懲りないなバーカ」ぐしゃっと手紙を丸めた。
メルは「お兄ちゃんと一緒に行く」と言い出した。昼食のサンドイッチを手早くこしらえて、水筒もバスケットに入れる。
「森の中にある建物だよね」2人とも館に入った事はない。
魔女の館。よく爆発音と尋常じゃない煙が上がるが外装は無傷という不思議な館だ。村人は日常茶飯事として捉えている。
俺は、たまに村に出入りする薬師のねーちゃんとしか知らない。メルも同様だ。俺の両親の知り合いの娘らしい。
森には魔物が出現するが、メルが護身用の槍でバタバタとなぎ倒す。
剣の出番はほぼないので、バスケットを見守る。道中、花畑で軽食を一緒につまんだ。
* 3 *
湖のほとりに建つ、魔女の館に到着。
待っていたかのように扉が開いたので、キースとメルは慎重に足を踏み入れる。
正面にはそこだけ不自然な、頑丈そうな鉄の扉。傍らにはランプが2つ(消灯)
館を探索し、よくあるスイッチの仕掛けを2つ起動する。
ランプが点灯し、中央の扉が開いた。長めの地下階段の先にまた扉。先に進むと広大な空間に、巨大なゴーレムが鎮座している。いきなり襲いかかって来た。
上の踊り場から、女性の声が響く。
「君たちが鍵を手にするに相応しいか、試させてもらおう」やけに格好をつけている。
硬く、攻撃が届かない。まずはメルが怪力をふるい地面を槍で抉って転倒させる。
強化魔法をかけた剣で胸部のコアを思い切り突き刺すと、ゴーレムは停止した。
* 4 *
地上階にある魔女のラボへと移動。物が散乱している。
「やるじゃん君たち!」ゴーレムの試運転も出来て嬉しい魔女はテンションマックスだ。親伝に知っているはずだが、改めて自己紹介をした。彼女は名前をイグニスという。
「鍵、返して下さい」主人公は既に緩みきっていた。
「親御さんに聞いてた通り、たるむの早いね」と呆れるイグニス。「取ってくるよ」と言った次の瞬間。
突然、何かがぶつかる大きな音。地下もかすかに揺れた。3人は、館の離れにある大きな物置に急ぐ。
ホコリだらけで視界が悪い。掃除しろよと主人公は思う。
薄暗いはずの奥がやけに明るい。天井には大穴。
そこには、覆面の怪しい2人組。
① 目元に黒布覆面、つなぎを着た、長身でボブカットの兎耳少女。
② 目には派手な仮面、ダボダボの白衣にプリーツスカート、小柄なおかっぱ少女。
2人はお揃いのリュックを背負っていた。
白衣の手には小さな結晶。「それ、俺の鍵! ゲホゲホッ……」
* 5 *
「ワッハッハー、お宝は頂いていくぞ! ゴホゴホッ……」とおかっぱ白衣。
次の瞬間2人組は、猛スピードで垂直に飛翔した。侵入した時に開けた大穴から脱出したようだ。
3人が急いで外に出ると、背負った翼のジェット噴射で遠くまで飛んで行った。
外には気球が残されていた。自転車のサドルとペダルが横に2つ並ぶ。人力で飛ぶ構造だ。
* 6 *
なんと、泥棒に鍵を奪われてしまった。
「物置を弁償して貰おう。それでもって色々聞きたい。実に興味深い」とイグニス。
「俺の鍵が先だろ!」
「魔女が仲間になった、なんてね」私だって勿論責任は感じているさと、飄々と付け加えた。
「わたしも一緒に行くよ。頑張ろうね、お兄ちゃん」とメル。
* 7 *
泥棒たちは、古城の方角へと逃走した。3人は徒歩で古城へと向かう。
城の手前で、季節と土地柄に不釣り合いな降雪。続いて積雪に、ブリザード。
明らかに怪しい。だがこれ以上先に進めない。日も暮れてきてしまった。「準備をして出直そう」と魔女。
主人公は村の宿屋に泊めてもらった。
「キー坊は子供(ガキ)の頃から相変わらずだな。また食器洗いで手を打つぞ」と宿屋の親父。
* 8 *
翌朝、古城へと向かう。
イグニスが迎えに来た。まずは安全な館までワープしてから、完全防備で森へと向かった。晴れているのに、古城の周りだけが吹雪いていて、城を隠している。
手前の道には、天衝く高さの氷の壁がそびえていた。主人公とメルは、ぽかんと見上げる。
魔女は呪文の詠唱を開始した。
「フレア」炎の魔法で作られた擬似的な太陽は、大きな壁を跡形もなく溶かして蒸散させた。
* 9 *
古城の入口で、幽霊のメイドさんにお出迎えされた。
何だか困った様子なので、一行は話を聞く事にした。
談話室に案内される。そこには古城で暮らす幽霊たちが避難していた。
話によると、変な2人組に占拠されてから城の様子が変だ。凶暴なモンスターや悪霊がうろついていて、談話室から出られない。おまけに寒い。どうにかしてほしいとの事だ。
そこで、彼らの生活空間周辺の魔物を退治した。ゾンビや悪霊は炎魔法で一掃され、骸骨や魔物は槍の餌食になる。剣にも多少出番はあるものの、強化魔法を2人にかけるのが一番手っ取り早いと、この物語の主人公は悟った。
ぶっちゃけサブで専攻している強化魔法のほうが剣より得意だ。餅は餅屋で、特に複雑な気分にはならない。
幽霊たちはお礼に、2人組は屋上にいると教えてくれた。
屋上にめり込んでいる金属質の大きな塊。出入口は壊れていて、ハッチが上がっている。中に白衣と兎耳、例の2人組が見えた。
* 10 *
登場シーンをどうしようか迷っている。
「昨日の怪盗も良かったけど、今日は魔王かな。お城だし」などと、少女たちの会話が弾んでいる。「衣装着替える?」から延々と広がり「とりあえず覆面を付ける」に落ち着く。2人組は覆面を付けようとしていた。
だがキースは待たなかった。「そこまで待ってられっか!」
「俺の鍵を、俺の夏休みを返しやがれーーー!! 」いつになく気合いのスイッチが入っている。
白衣は逆切れして、まくし立てた。主人公とタイマンでの、醜い口論が加速する。
鍵を返す気はないらしい。主人公が武器を構える。
「む、向こうで決着を付けようじゃあないか」と白衣は居丈高に言い放つ。この場所では都合が悪そうに、狼狽えている。
* 11 *
呆然と見守るメルヴィアとイグニス。
そこに控えめな声で「待って下さい」と相方の兎耳がおずおずと話しかけて来た。
「私たちは外の星から不時着して来ました。この船が壊れたら私たちは終わりです」どうか話を聞いて下さいと、兎は涙目だ。
「その前に冬ちゃんの茶番にも付き合ってあげて下さい。でないと後で厄介です」と小声で付け加えた。
「いくぞナギ、出陣じゃあ!! 」と白衣の暴れん坊、冬将軍(イメージ)が兎耳に向けて叫ぶ。「はい、お館様!」と兎耳くのいち(イメージ)、ナギが応じる。
主人公と冬ちゃん将軍は我先にと駆け出し、ナギはメルとイグニスを丁重に裏庭まで案内した。
* 12 *
最終決戦らしきものが火蓋を切った。
身体能力を駆使した兎の格闘術。白衣は強力な氷魔法と珍妙な発明品を繰り出した。
炎と氷の魔法対決。
槍を手放したメルと、本気モードの兎とのスピーディーな肉弾戦。
主人公は大量の発明品に追いかけられていた。
茶番のはずが本当に激闘の様相を呈し、日没まで続いた。そこにいた全員が疲れ果てた。勝ち負けなど誰も気にしてはいなかった。
* エンディング *
鍵は主人公に戻って来た。無事に夏休みを迎え、家でゴロゴロしている。
城での出来事を思い返す。
2人組は宇宙船での旅の帰りに不時着したそうで、ほんの少しだけ同情した。エンジン再起動にはエネルギーが必要で、彼女らは魔法の鍵に目を付けた。
エネルギー問題はイグニスの協力で解決へと向かいそうである。
機体の修理もあり、船が飛ぶまでにひと月はかかる見通し。魔女と白衣はたちまち意気投合し、湖畔の館は連日怪しい熱気と煙に包まれた。その傍らで兎が淡々とメカニックの本領を発揮していた。
宇宙人は村に居候していた。騒がせたお詫びに、宿の掃除や村の畑仕事を無償で手伝った。ほぼ兎が。
休憩時間に白衣がふるまうかき氷はなかなか絶品で、村人たちに好評。メルも果物のカットやシロップ作りを手伝った。主人公もかき氷機を手伝わされた。
夏の終わりに、惜しまれつつも星に帰って行った。
* 余談 *
滞在中、宇宙人コンビが古城の裏庭に広大な即席プールを作った。招かれた主人公たち。
メルが男物の海パンなのを見て、主人公以外の全員が驚いた。そう、男なのだ。
楽しそうに泳ぐ少年たち。浮き輪から落ちた冬ちゃんを、慌てて助けるナギ。イグニスお姉さんは適当に泳いだ後、パラソルの下で涼んでいた。
ナイトプールでは人魂が涼しそうに揺らめいていたとも。