在る雪の日に「うわぁ……」
「ひでぇな」
職場を出るなり二人はその光景に圧倒された。パラパラと雨が降っていたところまでは知っていたが、会議で引きこもっているうちに雪へと変わったようだ。道路一面が白く塗り替えられ、街ゆく人が足を取られぬよう慎重に歩いている。
びゅうと冷たい風が二人の肌に刺さる。
「寒っ!」
ハンジが肩を上げてぶるっと震えた。袖を伸ばして両手をしまいこんでいる。
「お前、雪が降ったら誰よりも早く外に出てなかったか」
「それ学生の頃の話だろ。今はもう寒さが辛い……」
「大人になったって事だな……クソっ」
スマホを操作していたリヴァイが顔を顰めた。
「どうしたの?」
「電車が止まってる」
リヴァイはスマホの画面をハンジに向けた。『○○線は大雪の影響で全線終日運休』と表示されている。
「……リヴァイ帰れないじゃん」
「再開の目処もないらしいが、こればっかりは仕方がないな」
「どうするの?」
リヴァイはスマホで地図を確認しながら、諦めにも似たため息をついた。自宅までは徒歩だと二時間近くかかる。ましてはこの雪だ。安全性を考えると現実的な選択ではない。
「今日中の帰宅は無理だな……お前はこの辺だったか」
「うん。歩いて十分くらいかな」
「そうか。まだ地面は凍ってないと思うが、慎重になるのに越したことはない。気をつけて帰れよ」
踵を返し、会社に戻ろうとしたリヴァイの肩をハンジが引き止めた。
「いやいや、どこ行くの」
「会社に戻る」
「なんで?」
「なんでって、それは……」
こいつは何の話を聞いていたんだ、と思ったリヴァイの思考はハンジの一言によって途切れた。
「うちに泊まればいいじゃないか」
「……は?」
「大したおもてなしは出来ないけど、お茶くらいなら出せるからさ」
ハンジが何食わぬ顔で歩き出そうとするので、リヴァイは思わず腕を掴んで止めた。ハンジの提案はありがたいが、こんなに簡単に異性を招き入れてしまうなんて不用心にも程がある。
「……俺は男だぞ」
その言葉に意味を込めたつもりだが、ハンジはキョトンと目を丸くして首を傾げるだけだった。
「知ってるよ?」
動じないハンジに、リヴァイは続けた。
「危機感はないのか」
先程よりもわかりやすく伝えたが、それでもハンジの考えは変わらなかった。
「危機感くらいあるよ。私も一応女だし。だけどリヴァイならいいかなって」
ハンジはあっけらかんと言った。この言葉はハンジなりに好意を伝えたつもりだったのだが、当の本人には全く届いていなかった。
信頼されているのか、それとも男として見られていないのか、どちらかだろうとリヴァイは受け取った。
「……世話になる」
若干のモヤモヤとした気持ちを抱えながら、リヴァイはハンジの案に乗ることにした。
「よし。じゃあこっち」
歩き始めたハンジの後ろをリヴァイが着いて歩く。駅とは反対方向のせいか、まだ足元にはたっぷりと雪が残っている。
「どこかでコンビニに寄れるか?」
「家の手前にあるからそこ行こう。あ、おでん食べたいな」
「好きなのを選んでいい」
「奢ってくれるの?」
「今日の礼だ」
「やった!ついでに部屋の片付けを手伝ってくれたらもっと嬉しいんだけど」
「……お前それが目的か」
「冗談だって!怖い顔しないでよ!」
リヴァイの眉間の皺を見て、ハンジがケラケラと笑う。凍えるような寒さだが、並んで歩くとその寒さをほんの少しだけ忘れることが出来た。しかし、二人が互いの好意に気がつくのは、もう少し先のことである。