100日後にくっつくいちじろ12日目
「今日勝ったらデカい大会出られるんだってさ」
今朝、そう言って白米を二杯も平らげた二郎は現在、広いコートでサッカーボールを追いかけ走り回っている。同級生、保護者が敵味方入り混じって観客席で選手達に激を飛ばしている中に、一郎と三郎の姿もあった。ご明察、サッカーのピンチヒッター依頼である。
「キャーッ、二郎君!頑張ってー!」
「山田先輩、がんばってー!」
二人からちょっと離れたところにいる女の子達の集団。二郎がお目当てらしい。苦笑いしながら「すげえ人気だな、あいつ」と一郎が呟くと「あの阿呆の何がいいんだか…」と冷めた表情で三郎が溜息をついた。
二郎は直前で怪我をしてベンチにいる同級生の代わりに、得意とするポジションとは異なる位置であったが、非常に真剣に試合に取り組んでいた。試合は既に佳境も佳境で、残り時間は僅か。現在、1-1の同点で、残り時間でどちらが得点を決めるか。そんな状態であった。
「ああもう、じれったいな。これだからスポーツは」
さほど興味ナシ、というふうであった三郎だったが、中盤以降、残り時間を気にしながらじれったそうに非常にハラハラして試合を観戦している。「なんだかんだめちゃくちゃ夢中じゃねえか」なんて茶化せばすぐに恥ずかしがって隠してしまうことは分かっているので、一郎は内心で弟を微笑ましく思いながらも一緒に拳を握りしめながら応援をしているのである。
「あっ、今二郎どうして走らなかったんだよ」
「動いたらマークしてる向こうの選手がフリーになると思ったんじゃねえか?」
「な、なるほど……流石一兄……」
考えることが苦手な二郎だが、ことスポーツやラップバトルのことになると、割と冷静に周りの状況を見て動くことが出来る。直感をもって、動くべきか、もしくは仲間を信じて動かざるべきか、それを判断出来る強さがあるのだ。そして何より、自分意外の仲間のスキルを信じる力を持っていた。
「あっ!」
「おおっ、」
そんな中、残り時間三分を切ったところで試合は大きく動いた。
二郎側のチームのオフェンスの大半が相手側へ攻め入った時、対戦相手の選手がひとり、隙をついてボールを奪取。体制を崩した二郎側へ速攻をかけたのだ。要注意と言っていた選手であった。ワアッ、とどちらのチーム側からも声が上がり、本日一番の盛り上がりを見せる。三郎も「ああっ!」と声を出して思わず腰を少し持ち上げた。そんな中、全体を見ながら自分のポジションをキープしていた二郎が、速攻をかけてきた選手に切り込む。ボールを取り返そうと、持ち前の脚力で瞬時に相手選手に追いつこうと走る、走る!
「いけー!ジローッ!」
「上がれ上がれ!いけいけいけ!」
二人はもう夢中だった。歓声を上げていた女子達も「いけいけいけ!取れ取れ取れ!」と可愛らしさのなくなった激を飛ばし、他の保護者連中も思わず立ち上がって口を押さえている。これぞスポーツである。
「うおおおおーっ!二郎!二郎!」
「ジローッ!そのままいけーっ!」
二人は立ち上がって口元に手を当てると腹から叫んだ。二郎がボールを奪ったのだ。体をくるりと翻し、華麗な足さばきでボールを奪う。まるでボールを足にくっつけたようにボールを自分のものにすると、怒涛のドリブルで敵陣へダッシュしていく二郎。勿論、相手選手もガクンと急停止し、足を切り返して反対側に走る二郎を追う。
秋晴れで涼しい陽気だと言うのに一郎はすっかり汗をかいていたし、三郎もいつもは上げない大声を上げて二郎を応援した。そして敵味方が入り混じって二郎を囲む。
「そのままゴールしろ!早く!いけジローッ!」
三郎が割と無茶を言い出すが、一郎も気持ちは一緒であった。二郎に決めてほしい!このままいけ!勝て!まるでワールドカップである。
そして揉みくちゃにされた二郎は、その群れの中を再びドリブルで抜ける。しかし、自分ではゴールに向かわず、ゴール前でフリーになっていた味方選手を見つけるとへアイコンタクトを取ってそのまま鋭いパスを出した。ワアッ、と盛り上がる会場。そして。
「うおおおおーっ!!」
「決まったー!」
二郎がパスを出した選手がゴールを決めたのだ。盛り上がる中、時間終了を知らせるホイッスルが鳴り響く。一郎は三郎の肩を抱いて「よっしゃー!」と拳を突き上げ、三郎も楽しそうに飛び跳ねた。ゴールを決めた選手は他のメンバーにハグされ、飛びつかれて嬉しそうに笑っている。二郎は、と兄弟が大勢の選手の中を探すと、二郎はベンチに走って行った。え、どうしてベンチ?そう思っていると、松葉杖をついた同級生とハグをしていた。何かを話して、バシン、と背中を二郎が叩く。叩かれた同級生は腕で目を覆って泣き出して、二郎は楽しそうに笑って肩を組んでいた。……きっと二郎と代わることになった怪我をした選手なのだろう。汗だくになってる二郎と号泣している同級生が再び抱きしめ合っている。
「……今日の夕飯、カレーにするか。カツ乗せて」
「……いいと思います」
その眩しすぎる光景に一郎は目頭を押さえ内心でゴン泣きした。今日は二郎の好きなものをたらふく食わせて、そしてサッカーもののアニメを見よう。そう思った。三郎は自分でスキルを考えてチームを組み、シュミレーションが出来るサッカーゲームをインストールしようと内心思っていた。
他のメンバーとも喜びを分かち合い、相手チームと挨拶を交わす光景を眺めがら一郎はポツリと呟いた。
「俺、同級生になってあいつとダチになってみてえな……」
その発言に三郎がふと顔を上げた。きっと二郎と同級生になって、同じ学校に通い、一緒にスポーツが出来たら楽しいだろう。そう思っての言葉だった。すると三郎が小首を傾げて尋ねる。
「兄弟でいいんですか?」
その言葉に「え?」と固まった。しかし三郎は「兄弟じゃなく、友達がいいんですか?」と言葉を補足した。
兄弟の中で一番大きな目を丸くして、不思議そうに兄を見上げる三郎。
そのきゅるっとした瞳を眺めながら三秒押し黙って、そして答えたのだった。
「ごめん訂正する。ダチより兄弟がいいわ」
三郎は満足そうに笑うと、持ってきていた麦茶の入った水筒をぐびぐびあおったのだった。
2024.11.4