18日目
「僕は低温の部屋にします」
車で40分。三兄弟は大型のスーパー銭湯に来ていた。割引チケットを貰ったのだ。この施設の売りは岩盤浴で、細かく温度の違う部屋が用意されている。三人はロッカーで湯着に着替えると、さっそく岩盤浴へ向かった。一番暑いところ、と言い出した長男と次男に対し、三男は一番手前の最も温度の低い部屋へ入って行った。
「あいつすぐ逆上せるからな」
「徐々に温度上げていくって言ってたから、もしかしたら最後には一番暑いところ来るかもよ」
そんな話をしながら二人はいざ、最も最高温度の部屋へ足を踏み入れた。高温と言ってもサウナではないので、一郎はこれなら余裕だなと頷いた。
「ここ、空いてる」
小声で二郎が声をかけた。静かな室内。オブジェで置かれた壺に、ぽちゃん、とゆっくりしたテンポで雫が落ちる音だけがしている。小声で場所を決め、そこへタオルをふわりと広げ、その上に寝そべった。しかし
「兄貴、はみ出してる」
兄の足が、タオルに収まらず飛び出していた。笑いを堪える二郎は足のつま先だけが若干出ているが、ほぼジャストサイズ。ピッタリ収まっている。二人して笑いを堪えながら仰向けになって目を閉じた。
ぴちょん……ぴちょん
息を吸い込めば暑く湿った空気が入り込んでくる。じんわり、肌が汗ばんでいく。
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────喉が乾いた。
うつらうつらしていた二郎は瞼を持ち上げた。まだギブアップではないが、水が飲みたい。むくり、体を起こすと湯着は汗でべったりと肌に貼り付いて、首の後ろを撫でるとびっしょりと汗をかいていた。
頭の部分にだけある隣との低い垣根を超えて、隣の兄を覗き込むと、目元にタオルを乗せて仰向けで胸を上下させている。湯着から出ている腕や足は汗でびっしょりと濡れていて、髪もいつもよりしっとりと湿度を持っている。
「ん、出るか?」
「喉乾いた」
二郎が起き上がった気配を感じたらしい兄がタオルを取って二郎を見上げた。二人で起き上がり、敷いていたタオルを回収すると外へ出た。
ぶわ、と外の冷たい空気が全身を冷やす。
「サウナも良いが、たまには岩盤浴もいいな」
「うは、兄貴、汗だく」
「二郎もだろ?あー、いや俺の方がやべぇな」
笑いながら手首につけていたリストバンドをかざし、自動販売機で水をひとつずつ買って一気に半分飲んだ。休憩スペースに三郎はいない。まだ低音の部屋で粘っているのだろう。
「ふう、あちい」
二郎は顔にへばりつく前髪をぐわっと上げた。
後ろにかき上げるとまだマシだ。そしてゴクゴクと水をもう一度飲む。ぽた、ぽた、と輪郭に沿って汗が伝い、床に落ちていく。腕もしとどに汗で濡れていて、休憩スペースのライトに照らされている。
「……二郎、ダチとこういうとこ来たりすることあるか?」
「ん?いや、あんまない。サッカーして汗だくになった時に一回行ったことあるけどそれくらい」
「そっか」
「何で?」
「いや……」
目が合う。何か言いたげな一郎に弟は小首を傾げた。
「……こういうのって人によって逆上せるタイミングとか違うし、また来たくなったらダチじゃなく俺を誘えよ」
「ああー、確かに、ペースが合うかは大事だよね」
「おう」
たらり、と二郎の首筋を伝う玉の汗を自身のタオルで拭いながら一郎は頷いたのだった。
2024.11.10