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    fuyukichi

    @fuyu_ha361

    腐った絵を描き貯めとく

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    fuyukichi

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    100日後にくっつくいちじろ29日目


     二郎は急勾配の坂道を水泳の時に足につけるフィンをつけたまま全速力で駆け上がっていた。ペッタン、ペッタンと派手な音は立つが長さが邪魔で全く上手く走ることができない。さっきっから全く進んでいる感じがしない。もう上らなくてもいいか、そう思った時、自分がバイトに遅刻しそうである現場をはたと思い出す。目の前に西口公園の大きな時計が現れて、すでにバイトの出勤時間を回っているのを確認して焦りに焦る。しかし完全に邪魔でしかないフィンは脱がず、また再びペッタン、ペッタンと間抜けな音を立てて坂道を上がっていく。

     ふと「じろー!」と後ろから声がして振り返ると、自転車に乗った三郎が立ち漕ぎで坂を上ってきていた。後ろの荷台には一郎が乗っていて二郎に手を振っていた。これ幸いと二郎は二人に大きく手を振り返し「遅刻しそうだから乗せてくれ」と頼む。どう考えても既に二人乗りしているのだから乗れないはずなのだが。しかし三郎は「オッケー!」と元気よく承諾してくれて、二郎の首根っこを猫のように掴んでカゴにひょいと乗せた。やったー!これですぐに行けるぞ!イェーイ!あれ、てかバイト明日じゃね?わっはっは。

    ………と、そんなところで目が覚めた。
    ふと開いたら瞼。倦怠感に苛まれながら首を捻ると窓の外はまだ明るかった。

    「ふっ……ふ、なんだ今の夢……」

     フィンを脱げよ、二人乗りで何で三郎が漕ぐんだよ。色んなツッコミどころがあって二郎はひとりでへらへら笑った。しかし一瞬本当にバイトをすっぽかしただろうかと焦ったが昨日のうちに連絡を入れておいたことを思い出す。
     枕元に置いていたスマホを見ると時刻は午後三時前。友達からのメッセージの他に兄からのメッセージのポップアップが表示されていて、二郎はそれをタップした。

    『今仕事終わったから帰る。起きてたらでいいが、何か欲しいものあるか?』

     ちょうど五分前くらいに来ていたメッセージだ。うむ、少し考えて二郎はのろのろと指を動かした。

    『シャーベット系のアイス食べたい』

     本当はもう色々としてもらっていて十分なのだが、こういう時、兄は素直に頼った方が喜ぶのだ。するとすぐに既読がついて『アイスな!了解』と短い返事が返ってきた。ありがとう、と好きなアニメのスタンプをひとつ送ってスマホを伏せる。

    「熱、測るか……」

     スマホの横にあった体温計を脇に挟んで数秒。叩き出した数値は38度。うーん、なかなか思うように下がってくれないな。しかし微熱よりも上がり切った今の方がまだマシな気がする。節々やら頭が痛い。もぞもぞ動いて横向きに態勢を変えた。
     昼間だがカーテンを閉めてい電気を点けていないので薄暗い部屋。カーテンの隙間から射し込む僅かな光が部屋の床に線を作っている。チッ、チッ、と秒針の音。暇だなあ、病欠とはいえせっかく休みなんだから漫画でも読むか。なんかだ急に勿体無い気がしてきて、スマホで毎日1話ずつ読める漫画アプリを開いて追ってる連載を開いてみる。がしかし。

    「あー……ダメだ、しんどい」

     漫画とは言え、文字を追うのがしんどい。
    大人しくスマホを伏せてぼーっと横を向いて部屋を眺めた。枕元には兄用の椅子が置いてあって、その上にタオルやら冷却シートやら、スポドリやら、暇で読みたくなったらと漫画の単行本やらが置かれていた。昨日の夜は三郎も何度か様子を見にきて、いつもより火力弱めの憎まれ口をきいていった。しかし心配はしているらしく、咳き込むと「大丈夫かよ」とスポドリのボトルを開けて渡してくれるのだ。可愛い奴だ。言ってはやらないが。……そして兄。昨日から仕事もセーブして看病してくれている。

    「メーワク、かけてんのになァ」

     申し訳ないと思っているのに、いい弟としての感情と並行してどこか嬉しさも感じていた。兄が自分のために時間を割いてくれている。

    「絶対、彼女できたよな……」

     最近、兄はきっと恋人ができたのだと思う。
    聞くのが何故か怖くて、直接聞いたりはしていないが頻繁にスマホにメッセージが来ているし、それにこの前、帰りがけにあった人。きっと彼女だ。自分が尋ねると兄は焦っていたし、どうやら食事に行く約束までしているみたいだ。兄はプライベートで気軽に自身の連絡先をホイホイと交換するタイプではない。それこそ仕事用の連絡先が書いてある名刺を渡すようにしているのだ。それが、彼女はきっと特別なのだろう。可愛い人だった。優しそうで、落ち着きがあって。兄と並んだら絵になる。
     もしかしたらまだ付き合うまでは至っていないのかもしれない。しかしそうだとしても時間の問題だろう。そうなればどうしたって恋人と過ごす時間は増えていく。そうなるまでの間、少しでも一緒に過ごしたいと思う自分はどうしようもないブラコンで、兄離れの出来ていない弱っぱちだと二郎は思った。何故なら、風邪をひいて迷惑をかけているのに自分に構ってずっと傍にいてくれることがとんでもなく嬉しいからだ。

    「ごめんな、兄貴」

     どうしようもない弟だ。
    瞼を閉じて、二郎は再び微睡んだのだった。

    2024.11.21
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