100日後にくっつくいちじろ３３日目


「もうすぐクリスマスだけどさ、今年は何件？」
「１２件で打ち切った……流石に分身できねえしな」
「うわー……俺も勿論手伝うよ……」
「悪いな、毎年毎年……」

　時刻は午後１０時。一郎の部屋。
二郎は問題なく学校へ行き、問題なく授業を受け、問題なく数学で居眠りをし、問題なく帰宅した。兄の作った夕食を三人で囲んでテレビを見て、それから二郎がダウンしていた間に録画してあるアニメの鑑賞会(イン一郎の部屋)を開催している最中である。録画データを選択しながら二郎が兄に尋ねたのはクリスマスに向けたケーキ販売依頼の件数であった。
　萬屋ヤマダには毎年１２月になるとクリスマスへ向けたケーキ屋からの依頼が立て込む。書き入れ時は勿論２４、２５日であるが今年はイブもクリスマス当日も平日であることから、その前の土日も依頼が相次いで入っている。

「土日で４件、２４、２５日で８件……合計１２件だ」
「一日で色んなケーキ屋に兄貴が出没することになるね……」
「サンタの衣装着てな……」
「赤似合うしね……」
「あ、そういう理由？」
「あと客寄せパンダ的な」
「赤と白なのに……」

　一応、時間は被っていないし店もイケブクロ内の店に限っているので物理的に全て一郎ひとりで回せなくもないが、そこは弟達が黙ってはいない。なんなら二郎と三郎は自分が担当した店の売り上げが互いに負けないように気合を入れて張り合っていた。

「まあもう名物だもんなー、ケーキ屋の前の路上でやるケーキ販売ラップ」
「少しでも客を呼び込むのにいいだろ」
「なんならおひとり様１ホールまでとかいう規制できてたもんね去年」

　クリスマスに山田一郎を確保できた店はクリスマス商戦で勝利をおさめたと言っても過言ではない。巷ではそう言われている。何せイケブクロの顔であり人気者のMCが店の前でサンタの格好をしてマイク片手にケーキの宣伝ラップをしてくれるのだ。文字通り飛ぶように売れる。

「去年は俺が手伝いに行った店であからさまに“一郎じゃなくて弟の方か”ってガッカリされたよ……」
「はあ？まじかよ。勿論かましてやったんだろうな？」
「トーゼン！兄貴に負けないように頑張るから信じてくれって言ってさ、ちゃんと全部完売させて店の人も喜んでたぜ」

　ピースをしてニッと笑う二郎に兄は満足そうに頷き「今年も頼むぜ」と白い歯を見せて笑った。さて、アニメ観賞はじめますか。二人はソファーに背中を預けた。

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「そんでまたこうなるのか……」

　一時間半後。一郎は右肩に重さを感じていた。それもその筈。横でアニメを見ていた二郎が寝落ちして凭れ掛かっているのだ。確かにお目当ての録画は二人で固唾を飲んで鑑賞したので、それは盛り上がった。しかしその後、リアタイで頭脳戦系のミステリーバトルアニメを見始めたのがいけなかった。内容の難しさから二郎はあまりハマれていない作品だったのだ。途中までは兄の解説を踏まえ一生懸命食らいつこうとしていたのだが、あからさまに途中から船を漕ぎ、欠伸を嚙み殺しているのが分かった。そして気付けばこの状態。

「まあ、病み上がりで学校行って疲れもあったんだな」

　苦笑いしながらエンディングになっているアニメをリモコンで消す一郎。時刻は１１時半。もうすぐ日付を跨ぐ。明日も学校及び仕事であるからして、もう部屋に戻らせよう。

「じろー」

　大きな声を出すのも憚られ、控えめに名前を呼ぶが応答なし。枕にされている肩を少し持ち上げてみるも涎を垂らして寝ている。

「おーい、起きろー」

　手を伸ばし、前髪をかき上げると「んん」と眉間に皺が僅かに寄るが、瞼は閉じたまま。完全に無防備だ。すうすうと寝息をたてる表情は風邪をひいていた時とは違い穏やかだ。唇がうっすら開いていて、涎を口実に口元を拭って唇にそっと触れる。

「意識されてないよなー……完全に」

　そりゃあそうなんだが、兄弟だし。
苦笑いしながら一郎はいよいよ二郎の背中を強めに擦り「二郎、ほら！起きろ。寝るぞ」と矛盾した台詞を口にして弟を起こしたのだった。


2024.11.25