100日後にくっつくいちじろ53日
AM11:30、一郎はカフェのカウンター席にいた。
依頼人との待ち合わせまであと30分あるが、その前に時間ができたのでリリックを考えているところだ。ノートを開き、ペンを持ち、ガラスの向こうに見える喧騒を眺めて考える。しかし少し行き詰まったところであった。ふうと息を吐くとコーラのグラスを持ち上げる。するとグラスに、カツン、横に置いていた原付の鍵が当たった。その鍵に昨日からつけたラッコの一郎。つん、とペンの先で小突いてみるとゆらゆら揺れる。一郎は頬を緩めていた。
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「兄貴ー、今ちょっといい?」
PM11:00、一郎の自室を二郎がノックした。
いいぞ、と返事をするとおずおず、スマホ片手に入ってきた二郎。ベッドで横になり漫画を読んでいた一郎は体を起こした。その隣に自然に腰を下ろした二郎。ベッドが沈む。
「どうした?」
「あのさ、頼みがあって」
「小遣いの前借りか?」
「違うよ、実は一緒に写真を撮ってほしくて」
「俺と?」
「うん」
聞けば、最近、入学してきた転校生とメッセージアプリでやり取りをしていたのだが、その中で、転校生が自身の兄を自慢してきたらしい。二郎の周りの友人は、兄弟がいても二郎のようにストレートに尊敬している、と言い切るタイプはおらず、なんなら喧嘩ばかりしている奴が多い。そんな中で、はじめて兄の自慢をされた二郎。うちの兄貴も格好いい、と返すと、互いの兄自慢に発展。
「そしたらアイツ、自分の兄ちゃんと撮った仲の良さそうな写真送ってきたんだよ!」
「そりゃ仲良いな」
「だから俺もしたくて、兄貴とのツーショ撮りにきた」
どっちの彼女が可愛いか、ではなく、兄の自慢合戦をしているらしい。それにどっちが仲良しかまで争っている。はあ、と一郎は溜息をつきつつも、前髪を直した。
「いいぜ、ほら」
「やった!」
許可を得ると二郎は嬉々としてスマホのカメラを起動し、インカメに切り替えた。そして顔を近づけると「撮るよ」と言う合図の後に何枚も連写する。パシャシャシャシャ、と軽快な音がして、一郎はその勢いのある連写に笑ってしまった。
「よし!これダチに送っていい?」
「おう、そのために撮ったんだろ?」
「うん」
何枚も撮った写真の中で厳選をして、そのうちの一枚をメッセージで送った二郎。
「どれ送ったんだ?」
「これ」
二郎が見せたのは、二人が側から見ても近い距離に顔を近付けていて、楽しそうに一郎が笑っている画像だった。
「それ、俺にも送っといてくれ」
「うん、いいけど、なんで?」
「え」
「?」
「も、盛れてるから」
「盛れてる!?兄貴はいつでも盛れてるよ!」
自分の写りがいいから、なんてただの咄嗟に思いついた言い訳だ。本当は二郎とのツーショットが普通にほしいからである。二郎はすぐに兄へ写真を転送。受け取った画像を確認して、浮かれ過ぎだろ、と内心で一郎は自分に自嘲した。
「あっ、ダチから返事きた」
「なんて?」
「ははっ、見て」
“お前の兄ちゃん格好よすぎだろ”
一郎は困ったように、二郎は嬉しそうに笑って相手の兄も褒めてやったのだった。
2024.12.15