100日後にくっつくいちじろ64日目
「二郎、これ借りてく」
「は?アッ、おい勝手に!」
「別にいいだろ、これ動きやすいんだよね」
「どんな理屈だ!」
二郎が部屋で寛いでいると、三郎がノックなしで部屋に入ってきた。そして勝手にクローゼットを開け、二郎のアウターを手にする。ほぼ強盗じゃねえか、と抗議するが末っ子は最強である。
「どっか行くのかよ?」
「別に、ただ本屋行くだけ」
「ふーん、ついでにコンビニで何か美味いもん買ってこいよ」
「弟にたからないでくださーい」
ベッドに寝そべりソシャゲをしながら三郎と会話をする二郎。そんな兄の姿を少しだけ、じっと見つめると三郎はベッドの真横まで来て、そのまま二郎を見下ろしながらとんでもないことを言い放った。
「お前、一兄に告白されたんだろ」
ビシャっ、と真水をぶっかけられたように血の気が引いた。今、何言った?と勢いよく起き上がると、覗き込んでいた三郎の額と二郎の額が、ガツン!と物凄い音を立ててぶつかる。
「っ……っ、!」
「いっ……っ……!」
二人で悶絶。涙目になって頭をおさえ、二郎を睨みつける三郎。ワッと堰を切ったように声を張った。
「いっったいな!急に起き上がるな石頭!」
「お前こそ変なこと急に言ってんじゃねえ!」
ギャンギャンと言い争いをして、痛みと怒りで二人とも肩を上下させる。ひいひいと息を吐いてなんとか呼吸を整え、額を擦りながら二郎が尋ねた。
「つか、なんでお前、そんなこと……!」
「僕は聡いからな。気付いたんだ」
「は、はぁ!?」
「それで一兄に聞いた」
「お、おま……」
今度は顔を真っ赤にしてプルプルと震える二郎。まさか弟に知られているなんて。恥ずかしさと動揺で言葉を詰まらせる二郎を前に、三郎は不服そうな表情で詰め寄った。
「調子に乗るなよ、一兄は僕よりお前の方が好きとかそう言うじゃないんだからな」
「は、はあ……?」
「別に恋愛の方が上だと思ってないから。僕は一兄から兄弟愛をたっぷり注いでもらってるから調子に乗るなとだけ言っておく」
「待て待て待て。何言ってんだお前は」
「つまり、馬鹿でどうしようもなく理解力の低いお前でも分かりやすく言ってやると、家族として一兄は大好きだけど、恋愛感情まで欲しいとは“僕は”思わないから、二郎がどうしたいかちゃんと考えればってこと」
じっ、と三郎のくりっとした大きな緑と濃紺の瞳が二郎を見つめた。
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「あ、二郎。三郎どこいるか知らねえか?
十五分後、近所に回覧板を回しに行っていた一郎が帰宅。トイレに行こうとしていた二郎と出くわして三郎の所在を尋ねた。
「あいつなら俺のコートを強奪して本屋に行ったよ」
「ああー、入れ違いか」
「何かあった?」
「回覧板持ってった家の奥さん、三郎の同級生の親御さんだろ?立ち話してて聞いたんだが、来年の合唱祭、あいつピアノ担当するらしいぜ」
「え、まじ?」
「聞いてなよな」
「ゼッタイ隠してるよ、あいつ」
「照れくさいのかなー」
帰ってきたら聞くかと呟く一郎。その横顔を二郎は、ぼうっと眺めた。さっきの三郎の言葉が妙に気になっていたのだ。
どこからどう見ても格好よくてイケブクロの住民みんなの憧れである、この山田一郎が本当に俺のことを恋愛的に好きなのか。疑うとかではないが、にわかには信じがたい事実だ。なんなら勿体ない気さえしてくる。
「……ん?どした?」
二郎の隠そうとしていない、容赦のない視線に気づいた一郎が顔を上げる。視線が合って、尚も二郎が無言で見つめ続けるので兄が小首を傾げた。
うわー、イケメンだなうちの兄貴。二郎は今更ながら、改めて素直にそう思った。この前、二郎のクラスの女子が一郎に惚れているのだと言っていた。でも手が届かない存在だとも。ラップも最強で、追い越したいけど強大でまだ追いつくことのできていない、この兄が。俺のことが好きだと言う。
一方で、ここ数日ずっとどこか居心地悪そうだったり気まずそうだったり、視線が合ったり二人きりになると脱兎のごとく逃げようとしていた弟が、何故かじっと見つめてくるこの状況に一郎は困っていた。いよいよ居たたまれなくなってきて「な、なんだよ?」と再び声をかける。すると。
「へへっ」
二郎は何故かへらっと照れくさそうに笑って、そのままトイレに入って行った。廊下に残された一郎は呆然と立ち尽くす。
「な、なんなんだ…あいつ」
クソッ、可愛い顔しやがって。と悪態をつきながら火照った顔を冷やすべく、窓を開け放った。
2024.12.26