100日後にくっつくいちじろ77日目
「あー……怒られんだろうな」
正午の少し前。二郎は苦笑いをしながら帰路についていた。
本日から冬休み明けで通常通り授業があった。というか午後も普通に授業はある。しかし二郎はサボることに決めた。遊びに行くわけじゃない、許してくれ兄貴。内心で詫びを入れ、非常に元気で健康そうな顔のまま担任の先生に「腹が痛いので早退します」と堂々と宣言して抜けてきたのだ。兄は大丈夫だと言っていたが、やっぱり、どうしても心配だった。
『俺、抜けたから心配すんな』
今朝、同じくらい心配しながら学校へ向かった弟へメッセージを入れる。割とゆるい高校なので自分が抜ける分にはさほど骨は折れないが中学で早退するとなるとハードルは高い。体調不良だと虚偽申告をして万が一、学校から保護者の一郎へ連絡がいったら意味がないし。
『お前の留年の方が深刻なんじゃないか』
可愛げゼロの返信。くそ、と舌打ちするともう一通。
『帰りに必要なものあれば買っていくから連絡しろ』
二郎は『おう』と簡潔に返信をすると駆け足で自宅へと向かった。
▼
「38.1度……まだ高いね……って、そんな睨まないでよ……ごめんって」
一郎は布団をかぶりながらもジト、とした視線を二郎に向けていた。マスクをしながら弱弱しい声で説教をする。
「学校は……ちゃんと行けって言っただろ」
「だってぇ」
「だってじゃ、ゴホッ……ねえ」
「もー、いいから。アイスなら食えそう?ゼリーもあるけど、どっちがいい?」
「……アイス」
二郎はフルーツ味の舌触りのいいアイスを袋から取り出した。起き上がろうとする一郎の背中を支え、食べやすいように封を切って手渡す。よし、食べさせている間に片付けよう。枕元に散乱していたゴミを袋にまとめ、少しだけ換気のために窓を開けた。ひんやりとした風が部屋に入ってきて、気持ちが良い。ぐしゃぐしゃになった布団を整えて、空のペットボトルを回収する。テキパキと動く二郎。
「悪いな、二郎」
「俺が風邪ひいたときも兄貴、すげえ面倒見てくれたじゃん。それと一緒」
頼りにされるのが嬉しかったりするので二郎は全く負担に感じていなかった。それは三郎も同じだろう。
アイスを食べ終え、薬を飲んで再び横になる一郎。そろそろいいかと窓を閉め、二郎は兄の額に手をあてた。熱い。そりゃそうか、38度もあるんだから。
「冷却シート、貼ろっか」
「あー、お前の手、冷たくて気持ちいいな」
「え、ほんと?」
外から帰ってきたからかな。そう言ってもう片方の手を頬に添えてやる。目を閉じて気持ちよさそうな一郎はどこかいつもより幼く見える。
「眠くなってきたわ」
「風邪のときっていくらでも寝れるよね」
二郎は兄から手を離し、代わりに新しい冷却シートをその額に貼った。ふと、一郎が目を開ける。
「なあ」
「ん?」
「ここにいてくれ」
そう言うと一郎は二郎の左手を握った。二郎は目を丸くした。珍しいこともあるものだ。まるで子供みたいに。
しかし、それが嬉しく、そして可愛らしく思えて二郎は微笑むと兄の髪を右手で撫でて頷いた。
「うん、いるよ」
2025.1.8