100日後にくっつくいちじろ85日目
「兄貴!」
ハンバーガー屋でのバイトを終え、ロッカールームで着替えをしていた二郎は、スマホの新着メッセージに気付いた。送り主は一郎で『ちょうど依頼が終わってこれから帰宅するところだから一緒に帰ろう。店の前で待ってる』という内容だった。送信時刻は五分前。二郎は慌てて着替えを済ませ、バイト先を飛び出した。
裏口から店の正面に回ると、一郎はそこにいた。大きく名前を呼んで駆け寄ると、笑って顔を上げる一郎。
「おつかれ、二郎。悪いな急かしちまって」
「ううん、兄貴もおつかれさま」
夕食当番は三郎。ちょうど夕食のパスタのソースが完成したらしい。
二人は横並びになり、帰路へ着く。
「バイト忙しかったか?」
「ううん、そうでもないよ。寒いからみんな鍋とか温かいもん食いたいのかも」
「ハハ、確かにこんだけ寒いとそうかもな」
暑がりな一郎も流石にこの時季は寒いらしい。
「でもよ、すげえ厚着するだろ?この時季」
「うん、今日もダウンだしね」
「おう、でもさ、外歩いてるときは丁度いいんだが、電車の中がクッソ暑いんだよな……」
「あー、分かる分かる。あと普通に建物の中入ると汗かくよね」
「温度調節ムズいよなー」
クリスマスも正月も終わり、町の装飾も雰囲気も含め少し寂しさを感じるこの季節。次のイベントはバレンタインデーだ。町の至る所でバレンタインフェアなるものをやっているが男三兄弟である山田家としては貰うだけ……なので準備等含めあまり盛り上がりはしないイベントである。
「あ、でもチョコのドリンクは美味そう」
通り掛かったチェーン店のコーヒーショップ。そこで期間限定のチョコドリンクを打ち出した看板が出ていた。あまりこういうこじゃれた店で可愛い飲み物なんて飲まないが、普通に美味そう。二郎はその看板の前で足を止めた。二種類の味があって、どっちがいいか、なんて話をしていたそんな時。
「あのう、山田一郎さんですか?」
店の中から出てきた女性客が話しかけてきた。看板を覗き込んでいる二郎には気付いていないようで、真っ赤なダウンを着ている一郎のみ認識し、口をおさえて驚いている。
「あ、はい。そうっす」
「ええっ、私、ファンで……握手してもらえませんか?」
「もちろん、いいっすよ」
二郎が顔を上げると兄はファンと笑顔で握手を交わしていた。彼女は嬉しそうに頬を染めて興奮気味に「いつも応援してます」なんて言っていて。いい人だ、兄貴はやっぱり人気者で凄い。そんな気持ちがある反面、握手長くね?兄貴デレデレしてないか?など今までと異なるモヤついた気持ちがあった。
「兄貴、そろそろ行かなくちゃ」
「え」
ほぼ突発的だった。ぐいっとダウン越しに腕を掴んで彼女と引き離すように引っ張り歩き出す二郎。
「おいっ、どうした?二郎」
「いや、その」
自身の行動にも困惑しながら言葉を詰まらせる。しかし歩みは止めない二郎。
「あのままだと、あの人以外にも他に人集まって来ちゃいそうだったから」
「……おー」
「三郎も、パスタ茹でてるかもだし、早く帰らねえと」
「……なァ二郎?」
「何?」
いまだに兄の手を引っ張りながら縦で歩く二人。ガヤガヤとした喧騒の中、一郎が尋ねた。
「お前、ヘソ曲げてっか?」
「べ、別に。どうして」
「いや、俺が女の人と喋ってたから」
「だ、だから?別に」
「面白くなさそうに見える」
「気のせいじゃない!?」
あからさまに動揺している二郎。一郎はどこか嬉しそうに頬を緩め二郎にも聞こえないように小さく呟いたのだった。
「そんな反応されたら期待するわ、マジで」
2025.1.16