100日後にくっつくいちじろ89日目
「いっ…!」
洗い物をしていた一郎が小さく唸った。揚げ物だったのでキッチンの床をモップ拭きしていた二郎はパッと顔を上げる。
「どうしたの?」
「くち……」
「口?」
「切れたわ」
顔を覗き込むと、本人の言うとおり唇が少し切れていた。肩をすくめてウワッと眉間に皺を寄せる二郎。
「痛そ!つうか兄貴、口すげぇ乾燥してるもん!そりゃ切れるわ!」
「あんま気にしてねえからな……」
「ちょっと待っててよ」
そう言うが早いか二郎はリビングから出て行き、そしてすぐにバタバタと戻ってきた。風呂場から三郎の「足音が煩い」というクレームが入ったが聞こえないフリで、持ってきた薬用リップクリームをドヤ顔で兄へ見せる。
「塗ったげる」
「え」
「ほら、こっち向いて」
手が泡だらけになっている兄の顔をぐいっと持ち上げ片手で顔をおさえると、リップクリームを塗りだした二郎。
「……ちけぇな」
「アッ!ちょっと!喋らないでよ!」
三本入りの安いリップクリームなので伸びが悪い。押し付けるように強めに唇全体に塗って、切れているところは指にクリームをつけて優しく塗布してやった。
「はい、オッケー」
「サンキュー……」
二郎は、ハッとした。目の前に兄の顔面。顔を押さえていた手に、唇を触った指。バッと離れる。
「うわあっ!近い!」
「お前がやってきたんだろ……」
はー、びびった。
二郎は勝手に胸を撫で下ろしながら自分もそれを塗る。一郎が何か言いたげな微妙な顔をしてそれを見つめる。そして二郎は再びハッとする。
「別に間接キスしたくてやったんじゃないから!」
「言ってねえ……」
至近距離で見て触れた兄の顔が、唇だけでなく少し乾燥しているように見えた。このままだと荒れてしまいそうだ。
二郎はコンビニでアイスを買うついでにドラッグストアでちょっといいメンズ化粧水と、ちょっといい1本売りのリップクリームを買って兄に押し付けた。
2025.1.24