100日後にくっつくいちじろ92日目
「これ歌って!これ!」
「アッ!ずるいぞ!一兄、こっちをお願いします!」
「あっ、テメッ、順番守れや!」
「ハンッ、順番なんてないんだよ」
「お前ら……自分のやつ入れろよ」
三人はカラオケにいた。二郎の友人がバイトしている店舗で、平日室料半額クーポンを貰ったのだ。平日だが、もうすぐ期限が切れそうなので行ってしまえと急遽決まった。
フードも頼んで夕飯がてら歌うことにしたわけだが、弟二人は長男に歌ってほしい曲を我先にと送信しようとしている。ラップはさて置き、山田一郎の生歌唱をこんな間近で聞くことが出来るなんて、兄弟特権だ。二郎は好きなポップス、三郎は洋楽をリクエストする。一郎は半ば呆れながらポテトをつまんだ。
「俺にリクエストするってことは、俺からもお前らにリクエストする権利だってあるよな?」
「ええー?兄貴の歌を聞きにきたのに?」
「そうですよ!二郎の歌なんて聞く価値ありません」
「んだとテメェ!」
「いや三人で歌いに来たんだ俺は……」
先に機械に読み込まれた三郎のリクエスト曲のイントロが響く。兄は仕方なくマイクのスイッチを入れた。
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結局、三郎リクエスト曲、二郎リクエスト曲を連続で歌わされた一郎。弟達へもリクエスト曲を入れて結局三人で盛り上がり、最終的にラップ曲に戻る。カラオケ内はほぼ小さなライブ会場であった。
「僕ちょっとトイレ行ってきます」
ふと三郎が立ち上がり部屋を出た。
ふー、腹減った、と二郎が唐揚げをつまんでいると二郎が入れていた曲のイントロが流れる。ハッと顔を見合わせる一郎と二郎。
「これ!例の神エンディングじゃねえか!」
「うん!歌えるようになった!」
「オープニングじゃなくてエンディングっていうところがお前、ツウだな!」
「兄貴も歌おうよ!俺が一番歌うから、兄貴は二番でサビは一緒に歌お!」
「いいな!」
数日前にBlu-rayを購入したアニメの主題歌を熱唱する二人。先に二郎が歌い、やんやと一郎が盛り上がる。サビでデュエットをして、画面に映るアニメ映像にもテンションが上がっていく。そしてサビ終わりから一郎が歌い出し、大サビの前、半音上がっていくパートがかっこいいのだ。そこを聞きたくて兄を後にした二郎。そしてそのパートを音ズレなしで完璧に歌い上げた一郎に、二郎は思わず興奮したオタクのテンションで叫んでいた。
「ギャー!最高!ヤベェ!抱いて!」
一郎はマイクを落としそうになりながらも平常心で歌い上げた。
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「うわっ、うるさ……」
トイレついでにドリンクバーでココアを持ってきた三郎は部屋に入ると顔を顰めた。ちょうどアニソンを歌い切った二人はマイクを持ちながら、この曲のここがいいポイントを語り合っていたのだ。
「あ、俺もトイレ行ってくるわ」
一郎が入れ替わりで席を立つ。そして引き戸のドアを開けた瞬間。ガンッと鈍い音。え、と弟達が振り向くと、兄が頭を押さえて悶絶していた。
「え、大丈夫ですか!?」
「どうしたの兄貴!」
「……自分で開けたドアに頭ぶつけた」
「お、おっちょこちょい……」
「大丈夫ですか……!?」
「ああ……大丈夫だ……」
頭をぶつけたのが恥ずかしかったのか、首と耳を赤くしながら一郎は廊下に出て行った。
2025.1.28